2022年9月号
特集
実行するは我にあり
対談
  • 福岡ソフトバンクホークス前監督(左)工藤公康
  • 榊原記念病院副院長(右)高橋幸宏

実行こそが道を開く

現役時代はピッチャーとして224もの勝星を重ね、11度の日本一に貢献。さらに監督としても7年間でチームを5度日本一へと導いた球界の雄・工藤公康氏。その工藤氏が一読し大きな共感を覚えたのが弊社書籍『7000人の子の命を救った心臓外科医が教える仕事の流儀』だという。著者の高橋幸宏氏は、手術成功率98.7%を誇る小児心臓外科医である。二人の傑出した実績は、いかなる実行によって築かれたものだろうか。一流同士の対談を通じてそのヒントを探った。

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スーパードクターの著書に野球との繋がりを感じて

工藤 妻に勧められて高橋先生の本(『7000人の子の命を救った心臓外科医が教える仕事の流儀』/致知出版社)を拝読しました。読めば読むほど僕のやってきた野球とつながるものを感じて、先生にはぜひ伺いたいと思ったことがたくさんありますので、きょうは対談の機会をいただいてとても嬉しく思います。

高橋 いや、工藤さん、それは僕のほうですよ(笑)。お目にかかれて大変光栄です。
実は僕、巨人ファンでしてね。工藤さんが200勝を達成された時に所属されていたのが巨人でしたけど、あの試合ではご自身でもホームランを打たれたでしょう。ボールがスタンドに入った瞬間、飛び跳ねるように喜びを表現された姿がいまでも印象に残っています。

工藤 いや、お恥ずかしい(笑)。

高橋 それにしても、現役時代にピッチャーとして日本一を11回経験された上に、監督としてもチームを5回も日本一へ導かれた工藤さんの実績は、本当に見事という他ありません。

工藤 厳しい勝負の世界でそうした実績を上げられたのは、とても幸せなことです。ただ、野球はご覧になる方々にとってはエンターテインメントの一つだと思いますから、人の命を預かる医療の現場に立たれている高橋先生からそう言われると、恐縮してしまいます。
先生の本を手に取ってまず驚いたのが、手術成功率98.7%というてつもない数字でした。しかも先生のいらっしゃる榊原記念病院は、訪れた患者さんを決して拒まないそうですね。先生はその精神を受け継いでこれまで7,000人以上もの子供の命を救ってこられたそうですけど、これは相当の覚悟がないとできないことだと思うんです。自分にはまだまだ足りないところがたくさんあったなと痛感させられました。

高橋 外科医は普段あまり褒められることがありませんから、工藤さんにそう言っていただくととても嬉しいですね(笑)。
医療従事者というのは、続けていればつらいことにたくさん直面します。担当する患者さんが亡くなるのもそうですが、そこで自分はダメだと落ち込んだり、心が病んでしまう人も出てくるんです。先輩の医療従事者として、そんな時はこうすればいいとあらかじめ伝えることができれば、彼らもそこを乗り越えて早く成長できる。医学は壁に直面しては反省し、進歩する学問でもあるので、先輩として言っておくべきだと考えたことを本に書かせていただいたんです。
書いてあることは、僕にとっては当たり前のことではあるんですけど、こうして本になっていろんな方に読んでいただけるのはありがたいことですね。

福岡ソフトバンクホークス前監督

工藤公康

くどう・きみやす

昭和38年愛知県生まれ。名古屋電気高等学校(現・愛知工業大学名電高等学校)卒業。56年ドラフト6位で西武ライオンズ(現・埼玉西武ライオンズ)に入団し、エースとして活躍。その後、福岡ダイエーホークス(現・福岡ソフトバンクホークス)、読売ジャイアンツ、横浜ベイスターズ(現・横浜DeNAベイスターズ)、埼玉西武ライオンズを経て、平成23年現役引退。24年から3年間、野球解説者・野球評論家として活動し、26年には筑波大学大学院に入学。27年福岡ソフトバンクホークスの監督に就任。令和3年退任。現在は野球解説者として活動。著書に『折れない心を支える言葉』(幻冬舎文庫)『55歳の自己改革』(講談社)など。

最高のスキルを見せ合うのが手術

工藤 いま先生は〝当たり前〟とおっしゃいましたけど、その当たり前というのがなかなか難しいことだと思うんです。野球でも、当たり前を一つひとつ積み上げていくことがとても大切ですし、どんな当たり前を積み上げていくかで残せる結果も違ってきますから。

高橋 工藤さんは素晴らしい結果を残してこられたから、当たり前の程度の見極め方がとてもうまいんじゃないかと思います。きっと世間とは違う当たり前を積み上げてこられたはずです。

工藤 いえ、決してそんなことはないんです。
福岡ソフトバンクホークスで監督を務めた7年間も、正直失敗だらけでした。先生は、コミュニケーションや情報共有は、本当にいいチームができたら意図しなくても当たり前に実行されていくと書かれていましたね。残念ながら、そうしたうんの呼吸で一つの方向へ向かっていくだけのチームづくりは十分できていませんでした。
 
高橋 それでも、あれだけの実績を上げるのは並大抵のことではありません。野球チームというのは一匹狼の集まりでしょうけど、ホークスの試合を拝見していると、選手一人ひとりの力がうまくまとめられて、2倍にも3倍にも発揮させられているのを感じました。
そこは僕らもまったく同じでしてね。心臓手術はチーム医療の最たるものといわれますが、まずは一人ひとりが本当にしっかりした実力を身につけておくことが大前提になります。手術というのは、高い実力を持つメンバーが最高のスキルを見せ合うものだと僕は考えます。
不謹慎に聞こえるかもしれませんが、そういうチームの手術ははたからはとてもたのしそうに見えるんです。愉しくやっているから仕事もスムーズに進んで、より多くの手術ができる。僕が7,000以上の手術を行えたのも、そういう姿勢で手術に臨んできたからといえます。

榊原記念病院副院長

高橋幸宏

たかはし・ゆきひろ

昭和31年宮崎県生まれ。56年熊本大学医学部卒業後、心臓外科の世界的権威と呼ばれた榊原仟氏が設立した榊原記念病院への入職を希望するも、新米はいらないと断られ、熊本の赤十字病院で2年間初期研修。58年榊原記念病院に研修医として採用。年間約300例もの心臓血管手術を行い、35年間で7,000人以上の子供たちの命を救ってきた。手術成功率は実に98.7%を誇る。平成15年心臓血管外科主任部長、18年副院長就任。医学博士。著書に『7000人の子の命を救った心臓外科医が教える仕事の流儀』(致知出版社)。