2020年10月号
特集
人生は常にこれから
インタビュー
  • 理化学研究所計算科学研究センターフラッグシップ2020プロジェクトプロジェクトリーダー石川 裕
世界初の4冠達成

スパコン「富岳」は
かくて誕生した

去る6月22日、スーパーコンピュータ「富岳」が国際ランキングにおいて4つの分野でトップを独占した。「京」が世界一になった2011年から、実に8年半ぶりの首位獲得である。その上、2位に2.8倍差をつけての独走だという。「富岳」開発のプロジェクトリーダーを務める石川 裕氏はトップを取ることが目標ではなかったと幾度となく口にするが、開発の軌跡、石川氏のリーダー論を交えて、世界初の偉業が成し遂げられた秘訣を探る。

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    スパコン「富岳」世界初の4冠達成

    ——2020年6月、スーパーコンピュータ「富岳ふがく」がスパコンの性能を競う世界ランキングで4冠を達成し、世間をにぎわせています。

    日本のスパコンが8年半ぶりに世界1となり、しかも4分野で首位を取ったのは世界初だったこともあって、報道機関がかなり好意的に取り上げてくれました。
    ただ、もともと首位を取ることを目標にしていたわけではないので、4冠を取れたこと自体への達成感よりも、国民の皆さんがこの報道を聞いて喜んでくれ、非常に関心が高まったことのほうが嬉しいですね。新型コロナウイルス蔓延まんえんで世界中が沈んでいる中、夢と希望をお届けすることができたのではと思っています。
    【スーパーコンピューター(スパコン)とは】

    明確な定義はないが、科学技術計算を速く実行することに特化したマシンを指し、年に2回計算速度や性能などのコンテストが行われている。2011年に計算速度で首位を取った「京」の後継機として「富岳」の開発が2010年頃からスタート(理科科学研究所で正式にプロジェクトが始動したのは2014年)。「富岳」の名前は、富士山のように高い性能を持ち、幅広いユーザーに提供するとの思いのもと公募で2019年に決まった。「富岳」1台でスマートフォン約2,000万台分(国内の年間出荷台数の6割相当)の計算能力を持つ。
    ——快挙の要因を簡単にご説明いただきたいのですが、「富岳」の最大のポイントは何でしょうか?

    簡単にお伝えするのはなかなか難しいのですが(笑)、計算速度を競う「TOP500」の分野で2011年に世界一に輝いた「けい」の後継機として「富岳」は誕生しました。「富岳」にはCPU(パソコン全体の処理・計算を行う中央処理装置で、パソコンの頭脳にもたとえられる)が384個搭載されたラックが432台(内36台は192個搭載)並んでいますが、その10ラック分が「京」と同じ性能を有するのです。
    「TOP500」は世界で最も注目を集める指標で、「富岳」は調整中であったためにすべてのCPUが使えなかったものの、毎秒約40京(1,000兆の400倍)回の計算を行い、2位のアメリカ製スパコンに約2.8倍の性能差をつけることができました。
    ただ、この指標だけで1位を目指そうと思えば、もっとぶっちぎりの結果が出せる設計も可能だったんです。しかし、「富岳」は〝日本の社会課題を科学技術で解決する〟ことを目標にしているため、運用開始後に使用するアプリケーションの性能と互換性も考え、総合的に開発を進めてきました。
    その結果、AIの処理能力やビッグデータ分析などの性能を示す分野など計四つの指標でトップを獲得することができたのです。これは日本の高い志と技術力を証明することにもつながったと思います。

    ——当初から実用に主眼を置いて開発を進められていたのですね。既に新型コロナウイルスの研究にも貢献されていると伺いました。

    本来、2021年度からの利用開始を目標としていましたが、コロナの世界的な惨状さんじょうを受けて、2020年4月に文部科学省と連携し、現時点で提供可能な一部分を、新薬の開発や感染防止対策などに活用してもらっています。
    7月初旬には創薬に関するシミュレーションで2,128種類の薬剤から数10種類が新型コロナウイルスに作用することが分かったのですが、シミュレーションにかかった時間はわずか10日間。同じ計算を「京」で実施した場合、1年以上はかかっていたと思います。
    まだ開発途上ですけれど、世の中に貢献できているのは非常に嬉しいことです。「富岳」は今後、ゲリラ豪雨の解析や地球温暖化防止対策、健康長寿社会の実現、産業競争力の強化など多くの分野において、社会に革新的な進歩をもたらせると思っています。

    理化学研究所計算科学研究センターフラッグシップ2020プロジェクトプロジェクトリーダー

    石川 裕

    いしかわ・ゆたか

    昭和35年東京都生まれ。57年慶應義塾大学工学部電気工学科卒業、62年同大学院工学研究科電気工学専攻博士課程修了後、通商産業省電子技術総合研究所に所属。63年から1年間カーネギーメロン大学客員研究員。平成14年東京大学大学院情報理工学系研究科助教授、18年教授。22年同大学情報基盤センター長に就任。26年より現職。令和2年6月より東京大学名誉教授。