2020年10月号
特集
人生は常にこれから
  • すみだ北斎美術館館長橋本 光明

葛飾北斎の歩んだ道

生誕260年を迎えるいまもなお、多くの人々の心を魅了してやまない葛飾北斎。その影響力は、日本のみならず世界へも広がっている。90歳で亡くなる最期の最期まで創作意欲を燃やし、まさに「人生は常にこれから」の気概で歩み続けた葛飾北斎の生涯と魅力を、長年、北斎に向き合ってきたすみだ北斎美術館館長・橋本光明氏に紐解いていただく(葛飾北斎「富嶽三十六景 神奈川沖浪裏」すみだ北斎美術館蔵)。

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研究するほど分からなくなる偉人

2020年は葛飾北斎かつしかほくさいの生誕260年ということもあり、北斎に縁が深い東京都墨田すみだ区では北斎を顕彰けんしょうする記念行事が計画されています。日本国パスポートや新しい1,000円札のデザインに採用されることになった「冨嶽三十六景」(神奈川沖浪裏なみうら)の作者である北斎の魅力を、海外からの来館者に堪能していただくために東京オリンピック・パラリンピックに合わせた企画展も企画していました。

残念ながらこのコロナによって計画を変更せざるを得なくなりました。しかし、その中で私がつくづく実感したのが、周年イヤーの展覧会やイベントといった様々なデコレート(飾り)を取り去ったとしても、北斎の魅力はまったく色せることなく、燦然さんぜんと輝き続けているいうこと。その死から170年以上が経過したいまでも、その作品はまるでどっしりとした大木の幹のように、見る者を圧倒し続ける力があるということです。

実際、『画狂人がきょうじん北斎』という舞台を演出した宮本亜門あもんさんも「舞台をつくるに当たって北斎を研究しましたが、北斎という人物は研究するほど分からなくなる」とおっしゃっていました。私もこの言葉には大いに共感します。

その魅力を言葉で伝えようとすればするほどうそになるというのが、長年、葛飾北斎を研究してきた私自身の実感でもあるからです。

近年、日本のみならず海外でも、北斎についてより深く知りたいという人が増えています。2016年の日本国パスポートでのデザイン採用決定、すみだ北斎美術館開館はその嚆矢こうしとなり、2017年には、大英博物館の展覧会に15万人、あべのハルカスの展覧会に26万人がそれぞれ足を運びました。翌2018年のモスクワの展覧会の後、市内の高層住宅6棟に「神奈川沖浪裏」をデザインした巨大な壁画が登場するという驚くべき波及効果もありました。

そういう勢いの中で、2019年には没後170年を記念する多くの展覧会やイベントが行われました。周年記念に限ることなく北斎の長期的ブームが起きていることは確かだと思われます。

すみだ北斎美術館の常設展示室(AURORA)は、北斎の代表的な作品を高精細レプリカやタッチパネル式情報端末で紹介しています。

デジタルアーカイブ化は、この10年ほどでますます進んできました。2019年は、〝つづりプロジェクト〟のご協力により、米国のフリーア美術館が所蔵する門外不出の北斎作品の高精細複製画を日本で初公開しました。このレプリカを他の美術館や生涯学習団体、学校等に貸し出すことによって、北斎の研究や学習に役立てていただくことを願っています。

すみだ北斎美術館館長

橋本 光明

はしもと・みつあき

昭和20年東京都生まれ。千葉大学教育学部卒業後、同大学教育学部附属小学校教諭、同大学教育学部講師併任、筑波大学附属小学校教諭、信州大学教授、同大学教育学部附属長野中学校校長などを歴任。現在名誉教授。長野県信濃美術館・東山魁夷館館長などを務める。