2019年1月号
特集
国家百年の計
対談
  • (左)ジャーナリスト櫻井よしこ
  • (右)京都大学名誉教授中西輝政

日本の進むべき道

世界はいま大きく揺れ動いている。覇権を争い、対決姿勢を強めるアメリカと中国、ロシアとドイツの蜜月関係、イランへの制裁やサウジアラビアの記者暗殺事件で爆発寸前の中東情勢……。それらの危機を日本はいかに対処し、どのような道を進むべきか。櫻井よしこ氏と中西輝政氏、2人の憂国の論客に語り合っていただいた。

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いま世界は「新冷戦」の時代へ

中西 最近の国際情勢で日本に関係することで言うと、注目すべき出来事が3つあると思います。
まずなんと言っても、10月4日にワシントンで行われたアメリカのペンス副大統領の演説ですね。ものすごく厳しく強い語調だったので大変インパクトがありました。
特に、アメリカの国内政策や政治活動に、中国がかつてないほど積極的に秘密工作やプロパガンダを利用して影響力を及ぼし、干渉していると。そうした中国の脅威と米国の対中政策の転換を世界に知らしめた演説でしたよね。

櫻井 私も2、3回スピーチ文を読みましたけど、中西先生がおっしゃったように、言葉がきつくて、徹頭徹尾てっとうてつび、中国批判です。しかもびっくりしたのは、微にり細を穿うがち、「中国がこんな卑怯ひきょうな手段でアメリカにこういう実害を与えた」と具体例を挙げているんですよね。

中西 そうですね。例えば、外国企業に対し、中国で事業を行うための対価として、企業秘密の提供を要求している。中国は最先端の軍事計画を含む米国技術の「大規模な窃盗の黒幕」とか。中国国営のメディア会社が中国政府のプロパガンダを広めるために、オハイオ州の地方紙に有料広告を出し、トランプ政権の貿易政策を批判して中間選挙に介入しようとしているとか。

櫻井 この頃、アメリカ国内で急速に、米中は「新冷戦」に入ったと言われ始めています。ペンス副大統領の側近は、「冷戦ではない、冷戦と言わないでくれ」と言って鎮静化ちんせいかを図っていますが、それでも米中対立ムードはかなりきつい。

中西 次に注目したニュースは、INF条約(中距離核戦力全廃条約)の破棄はきにアメリカが動いていることですね。
いまから31年前の1987年にINF条約が締結された時、日本では「まだ冷戦は終わらない」という論調が強かったんですけど、私はその頃アメリカとヨーロッパで核戦力、核バランスの問題を勉強していたものですから、「これで冷戦は終わる」と確信しました。帰ってきて日本のメディアでそう言うと、偉い先生方からこっぴどくしかられましたが(笑)。
で、今回トランプ大統領がINF条約を破棄すると言い出した。私の直感ですが、これもやっぱり一つの時代が終わって、アメリカが劣勢に立ち始めたことを示している歴史的な事件になるような気がします。

櫻井 アメリカでは3月に台湾旅行法、8月に国防権限法がそれぞれ成立し、対中強硬姿勢を鮮明にしてきました。で、いまおっしゃった中距離核戦力全廃条約から離脱するというのは、ロシアを対象にしているように見えるけれど、実際のターゲットは中国ですよね。
およそすべての施策が中国をターゲットとしているという意味で、アメリカの中国に対する強い拒否感が伝わってきます。中国に好き勝手なことはさせないという決意、アメリカは超大国の座を明け渡さないという誇りなどが色濃く滲んでいます。
そういったものが明確に打ち出されていますから、やっぱりこれは米中対決の時代に明らかに入っているんだと感じますね。

ジャーナリスト

櫻井よしこ

さくらい・よしこ

ベトナム生まれ。ハワイ州立大学歴史学部卒業後、「クリスチャン・サイエンス・モニター」紙東京支局勤務。日本テレビニュースキャスター等を経て、現在はフリージャーナリスト。平成19年「国家基本問題研究所」を設立し、理事長に就任。23年日本再生に向けた精力的な言論活動が評価され、第26回正論大賞受賞。24年インターネット配信の「言論テレビ」創設、若い世代への情報発信に取り組む。著書多数。最新刊に『日本の未来』(新潮文庫)がある。

人権弾圧を許してはならない

中西 それから3つ目の世界的ニュースは、サウジアラビア政府に批判的だったジャーナリストが、トルコのイスタンブールにある総領事館で暗殺された事件。
時あたかも11月5日に、2段階目のアメリカの対イラン制裁が発動し、イラン産原油の全面禁輸が始まりました。この暗殺事件とイラン制裁が絡むと、サウジが動揺し、それは日本の石油供給の問題のみならず、中東秩序が大きく揺らぐんじゃないかなという心配も見え始めています。
中東情勢はサウジの安定が非常に大きな役割を果たしていたわけですが、これが少しずつでも変わると世界秩序にも非常に大きな影響があるかもしれません。

櫻井 カショギ暗殺事件は恐ろしいくらいのインパクトをもたらす事件です。
10月10日にアメリカのマルコ・ルビオ上院議員が、共和党と民主党の超党派の議員をまとめる形で中国の人権問題を取り上げました。100万人を超えるウイグル人が収容所に入れられていて、洗脳工作を受け、虐殺され、大変ひどい目に遭っていると。
その300ページ以上にも及ぶ報告書を見ると、やっぱりアメリカの議会はすごいなと感じます。日本の国会とは全然違って、人権侵害は許されないという揺るぎない信念を持っています。中国は人道に対する罪を犯しており、罰しなきゃいけないと言って、超党派で署名して、価値観を共有する世界の国々に対して我われの運動に参加してくれと呼び掛けている。
アメリカ議会の反中国の姿勢、人権を踏みにじる中国は許せないというこの価値観は、必ずカショギ暗殺事件にもつながっていくと私は思うんですよ。

中西 おっしゃる通りです。

櫻井 当初は、トランプ大統領もサウジアラビアに武器を10兆円余りも売りたいものだから、サウジ政府を擁護ようごするようなことを言っていましたけど、この頃は「歴史上最悪の隠蔽いんぺいだ」と非常に厳しい発言に変わりましたね。
いまのところ、サウジ政府は国を挙げて、ムハンマド皇太子の関与はなかったという形を取っていますが、皇太子が王位継承者ではなくなる場合もあると思います。そうなれば、サウジの力は落ち、アメリカがサウジと共にイランに対抗しようとしていたシナリオも崩れてしまう。すると、ロシアも関わってきて、中東情勢が不安定化してくる。いま、大地殻変動の世界の中にいるような気がします。

京都大学名誉教授

中西輝政

なかにし・てるまさ

昭和22年大阪府生まれ。京都大学法学部卒業。英国ケンブリッジ大学歴史学部大学院修了。京都大学助手、三重大学助教授、米国スタンフォード大学客員研究員、静岡県立大学教授を経て、京都大学大学院教授。平成24年退官。専攻は国際政治学、国際関係史、文明史。著書多数。最新刊に『日本人として知っておきたい世界史の教訓』(育鵬社)『明日でもいいことは今日やるな』(海竜社)がある。