陸上女子長距離の指導者として、数々のメダリストランナーを育てた名伯楽・小出義雄監督。その小出監督から薫陶を受け、バルセロナ五輪で銀メダル、アトランタ五輪で銅メダルを獲得し、マラソン界で日本人女性初となる2大会連続のメダルに輝いたのが、有森裕子さんである。先天性の股関節脱臼を抱え、学生時代は無名だった有森さんは、いかにして自らの運命を切り開いてきたのだろうか。その努力奮闘の競技人生に迫る。
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元女子マラソン日本代表
有森裕子
ありもり・ゆうこ
昭和41年岡山県生まれ。平成元年日本体育大学を卒業後、リクルートに入社。小出義雄監督の指導のもと、研鑽を積む。バルセロナ五輪女子マラソン銀メダル、アトランタ五輪女子マラソン銅メダルを獲得。8年日本人ランナー初のプロ宣言。10年NPO法人「ハート・オブ・ゴールド」設立、代表理事就任。19年現役引退。27年モニサラポン・マハーセレイワット勲章。令和7年女性初の日本陸上競技連盟(JAAF)会長に就任。著書に『やめたくなったら、こう考える』(PHP新書)『わたし革命』(岩波書店)など多数。
小出義雄
こいで・よしお
昭和14年千葉県生まれ。高校卒業後、苦学の末に36年、22歳で順天堂大学入学。千葉県立佐倉高校、市立船橋高校などで教鞭を執った後、リクルート・ランニングクラブ、積水化学女子陸上競技部監督を務める。平成14年に佐倉アスリート倶楽部を設立。31年4月24日逝去。著書に『君ならできる』『へこたれるもんかい』(共に幻冬舎)など多数。
有森さんにとって小出監督は、対等な関係で同じ目標に向かって歩んでくれる最高のパートナーだったという