平均寿命が40歳前後だった江戸時代に、85歳の長寿を全うしただけでなく、いまも読み継がれる名著『養生訓』をはじめ、生涯を通じて膨大な著作を生み出した貝原益軒。生来の虚弱体質、藩主による理不尽な処罰など、益軒は人生の苦難をいかに乗り越え、健康長寿、生涯現役を実現できたのか。その養生、よりよい人生をつかむ極意を、益軒を長年研究してきた作家・山崎光夫氏に紐解いていただいた。
【写真=貝原益軒坐像(福岡市中央区今川、金龍寺)©(一社)曽田豊二記念養生訓の里ネットワーク】
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作家
山崎光夫
やまざき・みつお
昭和22年福井県生まれ。早稲田大学教育学部卒業後、放送作家、雑誌記者を経て小説家に。主に医学薬学関係の小説、ノンフィクション、エッセイを発表している。『安楽処方箋』(講談社)で小説現代新人賞受賞。『藪の中の家─芥川自死の謎を解く』(文藝春秋)で新田次郎文学賞受賞。『殿、それでは戦国武将のお話をいたしましょう-貝原益軒の歴史夜話』(中央公論新社)『心と体のことわざ養生術 五〇歳から貝原益軒になる』(講談社)など著書多数。日本文芸家協会会員、日本医史学会会員、福井ふるさと大使、森鷗外記念会評議員、新田次郎記念会評議員なども務める。