2026年10月号
特集
運をつかむ
一人称
  • 作家山崎光夫
きょうもくの人

かいばらえきけんに学ぶ
運命をひらく極意

人生100年時代をいかに生きぬくか

平均寿命が40歳前後だった江戸時代に、85歳の長寿を全うしただけでなく、いまも読み継がれる名著『養生訓』をはじめ、生涯を通じて膨大な著作を生み出した貝原益軒。生来の虚弱体質、藩主による理不尽な処罰など、益軒は人生の苦難をいかに乗り越え、健康長寿、生涯現役を実現できたのか。その養生、よりよい人生をつかむ極意を、益軒を長年研究してきた作家・山崎光夫氏に紐解いていただいた。

【写真=貝原益軒坐像(福岡市中央区今川、金龍寺)©(一社)曽田豊二記念養生訓の里ネットワーク】

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    作家

    山崎光夫

    やまざき・みつお

    昭和22年福井県生まれ。早稲田大学教育学部卒業後、放送作家、雑誌記者を経て小説家に。主に医学薬学関係の小説、ノンフィクション、エッセイを発表している。『安楽処方箋』(講談社)で小説現代新人賞受賞。『藪の中の家─芥川自死の謎を解く』(文藝春秋)で新田次郎文学賞受賞。『殿、それでは戦国武将のお話をいたしましょう-貝原益軒の歴史夜話』(中央公論新社)『心と体のことわざ養生術 五〇歳から貝原益軒になる』(講談社)など著書多数。日本文芸家協会会員、日本医史学会会員、福井ふるさと大使、森鷗外記念会評議員、新田次郎記念会評議員なども務める。

    実証主義に貫かれた貝原益軒の養生法

    心身のようじょう法を説いた『養生くん』で知られる江戸時代の儒者・かいばらえきけん(1630~1714年)。

    私がその存在を知ったのは、雑誌記者として、主に医学関係の取材をしていた30代の頃でした。全国の医者、様々な健康法を取材していく中で必然的に益軒に辿たどり着いたのです。

    最初に手に取った『養生訓』を一読し、何より驚いたのは、江戸時代に説かれた内容であるにもかかわらず、ほとんどが現代でも通用していることです。それは、益軒の養生法が机上の空論ではなく科学主義、実証主義に基づいているからに他なりません。

    例えば、益軒は22歳年下の夫人・とうけんと共に、生涯5回にわたり体重を記録しています。江戸時代に体重計はありませんから、分銅を載せて重量をはかさおばかり、それも人が載れる大型のものを使ったのでしょう。当時そこまでして体重を記録した人は、世界でも唯一だったのではないでしょうか。

    私はその体重記録をもとに、江戸時代の日本人の平均身長を益軒夫妻に当てはめ、2人の肥満度指標BMI(ボディ・マス・インデックス)を割り出してみました。すると、益軒は82歳の最晩年こそ「せ気味」だったとはいえ、肥満からはほど遠く、長寿を得やすい体型でした。一方、東軒は早くに「痩せ」の領域に入り、亡くなる2年前、60歳の時にはかなり痩せていたことが分かりました。当時の日本人の平均寿命は40歳前後でしたから、益軒夫婦は共に長寿をまっとうしたと言えます。

    私が注目するのは、益軒が体重を量り始めた54歳という年齢です。というのも、益軒は39歳で東軒と結婚、52歳の時に古来の膨大な医学書から養生の格言・警句をまとめた『せいしゅうよう』を著しているのですが、その構成や内容が84歳で刊行した『養生訓』とほとんど同じなのです。

    つまり『頤生輯要』の内容を30年間、「これは健康に効果がある」「効果がない」と、体重を健康のバロメーターにしながら自ら試し、実証できたものだけを『養生訓』に著したということです。

    益軒夫妻は共に生まれつき病弱で、特に夫人にはうつの傾向がありました。2人にとっては、どう病気を防ぎ、幸せな家庭を築くかが、最大の課題だったのでしょう。その一大課題のために、『養生訓』は生まれたのだと私は思います。

    もう一つ、私が益軒にかれたのはその学問領域の広さです。益軒は養生法の大家だと思われていますが、他にもほんぞうがくや医学、地理、農学、文学、政治、歴史など研究分野は百科全書的に及び、著作物も膨大。幕末に来日したシーボルトは、益軒を「日本のアリストテレス」と評し、その実証的な学問態度を高く買っています。

    また、益軒は『ぞくどうくん』『らくくん』『どうくん』など、庶民に役立つ書物を数多く世に送り出しました。『養生訓』も、平易な文章で書かれています。益軒は「みんせいにちようの学」を説き、学問は生きた生活の知恵として庶民に提供しなければいけないと考えていたのです。

    日本の有史以来の三大ベストセラーは何かと考えると、私は紫式部の『源氏物語』、松尾芭蕉の『奥の細道』、益軒の『養生訓』を挙げたいと思います。それぞれのテーマは「恋愛」「わびさび〈文化〉」「健康」ですが、どれも昔から日本人が重要視してきた問題であり、どの雑誌やテレビ番組にも、概ね、この3つの要素のどれかが入っています。

    特に人生100年時代を迎え、これだけ健康や老後の生き方に関心が集まっている現代において、益軒の教えはますます輝きを増していくことは間違いないでしょう。