2023年1月号
特集
げずばやまじ
対談
  • セブン&アイ・ホールディングス名誉顧問鈴木敏文
  • SBIホールディングス会長兼社長北尾吉孝

企業経営の核を成すもの

いまや私たちの生活に不可欠な社会インフラとなったコンビニエンスストア。周囲の反対をものともせず、この新しい小売り・流通システムを我が国で創り上げたのが鈴木敏文氏である。その鈴木氏と肝胆相照らす仲である北尾吉孝氏もまた、金融とインターネットの融合を通じて新しい市場を創造し、我が国有数の金融グループを創り上げてきた。2人はいかにして常識を覆す大事業を成し遂げたのか。そして次代を担う者たちに伝えておきたいこととは──。

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自分で始めた限りは意地でもやり抜いてみせる

北尾 こちらへ来る前にちょっと過去の写真を見ていたら、鈴木さんに私の古巣の野村證券で講演していただいた時の写真が出てきました。

鈴木 あぁ、僕にもこんな若い時があったんですね(笑)。

北尾 私が事業法人三部長を務めていた頃ですから、恐らく1992年の夏だったと思いますが、あの頃の鈴木さんというのは、信じられないくらいにエネルギッシュでしたね。あそこまで気迫に満ちたご講演を、毎年全国から何千人ものセブン‐イレブンの店主さんを集めてなさっていたそうですから感服しました。

鈴木 野村證券さんとは、僕の学生時代の先輩や友人が在籍していた関係でお付き合いがありました。その友人が「うちには北尾というピリッとしたやつがいるんだよ」とよく言っていたのがいまでも印象に残っていますが、こうして懇意にさせていただくようになったのは、いつ頃からでしたかね。

北尾 私が野村證券の事業法人部で働いていた頃、イトーヨーカ堂グループを担当させていただいてからだと思います。

鈴木 北尾さんのご活躍ぶりは当時から傑出していましたね。
一方の僕はものぐさで、昔から事前にしっかり準備することができない。だから講演も常にぶっつけ本番でした(笑)。

北尾 いや、鈴木さんのお話にはとにかく迫力があるし、ご自分のやっておられることへの強い自信が伝わってきます。内容も極めてロジカルで、普段の会話の中でも随分経営の参考になるお話をしていただきました。例えば、
「北尾さん、アイスクリームって日本ではまだまだ売れると思うんですよ。北尾さんも海外におられたから、アイスクリームがいかに海外で売れているかご存じでしょう。それなのに売れないのは、売ろうとしないからです」
と。そして鈴木さんは、まず小さな店の真ん中にできるだけ大きなスペースを設けて売ってみる。それが成功したら今度は大きい店でも試してみる。そういう仮説と検証を繰り返して、次々と新しい試みを成功に導いてこられました。
それからセブン‐イレブンのおにぎりは、海苔のりが湿気ないように実にうまく工夫されていますね。あれは鈴木さんご自身が毎日おにぎりを食べながら試行錯誤されたもので、こういう経営者もいらっしゃるんだと感服しました。
私がこれまで一番勉強をさせていただいた経営者の一人が、鈴木さんですよ。本当にありがたい先輩です。

鈴木 それは逆ですよ。たまたま年齢が僕のほうが上というだけで。

北尾 いや、アメリカのサウスランド社がやっていたコンビニエンスストアという、それまで日本になかったお店を見出して、これを日本で始めようなんて、そんな人は当時、鈴木さん以外に誰もいなかったわけですからね。最初はオーナーの伊藤雅俊さんをはじめ全員が反対だったわけでしょう。それを見事にやり抜かれた。その信念、意志というのは、なかなか普通の人には及び難いものがありますよ。

鈴木 新しいことを始めるのは簡単ではありませんから、確かに大変なことはたくさんありました。けれども自分で考えてやり始めたことだから、何が何でもやらなくては気が済まない。そういう意地みたいなことを積み重ねてやってきただけです。まさしく今回いただいた「遂げずばやまじ」というテーマに重なるものがあります。

セブン&アイ・ホールディングス名誉顧問

鈴木敏文

すずき・としふみ

昭和7年長野県生まれ。31年中央大学経済学部卒業後、東京出版販売(現・トーハン)に入社。38年ヨーカ堂(現・イトーヨーカ堂)に転職。48年セブン-イレブン・ジャパンを設立し、コンビニエンスストアを全国に広め、日本一の流通グループとして今日まで流通業界を牽引する。平成28年5月より現職。著書に『わがセブン秘録』(プレジデント社)など多数。

成功者の実体験に学ぶ

鈴木 それから、僕は人の真似っていうのが好きじゃないんです。格好よく言えば、常に新しいことに挑戦し続けたい。ですからどこかの先生に教えを請うたり、コンサルタントの意見を聞いたり、そういうことはしたことがないんです。

北尾 私もコンサルタントに相談することはないですね。その代わりに鈴木さんや、この間お亡くなりになった稲盛和夫さん、あるいはいでみつ興産を創業した出光ぞうさんといった方々の本をたくさん読むんです。成功者の実体験や経営に対する取り組み方というのは、非常に参考になりますからね。
それから、事業というのは一人ではできませんから、人心を掌握して、志念しねんすなわち志や思いを共有できる人を育てること、仲間を増やしていくことは常に心掛けてきました。

鈴木 いまお話に出た稲盛さんは、僕と同じ昭和7年生まれでしてね。同い年生まれにはユニークな人がたくさんいて、皆でよく交流したものです。そういうご縁で稲盛さんとも付き合いはあったけれども、お亡くなりになったのはとても残念です。日本の国にとっても本当に貴重な人を失ってしまいました。
稲盛さんについては、部下の方々に大変厳しく接しておられたような話も耳にしていましたが、僕が知っている限りでは、あまり怒ったとか、泣いたとか、そういうところは見たことがない。とにかく鹿児島から出てきて、コツコツとよくあれだけのことをやり遂げられたと思います。ご自分の会社の枠を超えてたくさんの信望を集めた人でした。

北尾 本当におっしゃる通りだと思います。稲盛さんというと、JALの再生ばかりにスポットが当たりますが、それ以外にも随分いろんな会社の再生をなさっています。それから、NTTの独占をよしとせず、DDI(現・KDDI)の創業も成し遂げられましたが、その背景には強烈な反骨精神があって、稲盛さんのご活動の原動力になっていたように思います。
個人的には、韓国の銀行グループの総帥から頼まれて、稲盛さんにソウルで講演していただいたことが印象に残っています。JAL再建の真っ最中でしたが、稲盛さんは快く引き受けてくださいました。なかなかできないことですよ。

SBIホールディングス会長兼社長

北尾吉孝

きたお・よしたか

昭和26年兵庫県生まれ。49年慶應義塾大学経済学部卒業。同年野村證券入社。53年英国ケンブリッジ大学経済学部卒業。野村企業情報取締役、野村證券事業法人三部長など歴任。平成7年孫正義氏の招聘によりソフトバンク入社、常務取締役に就任。現在SBIホールディングス代表取締役会長兼社長。著書に『何のために働くのか』『修身のすすめ』(共に致知出版社)など多数。