2017年2月号
特集
熱と誠
一人称
  • まねび学園JR尼崎駅前教室代表石橋淑子

心に効く
音読教室

熱と誠が人を育てる

近年、音読が静かなブームとなっているが、30年以上前、音読の意義に気づき、その方法を独自に確立してきた人がいる。兵庫県で音読教室を開設する石橋淑子さんだ。子供たちをいきいきと甦らせる「石橋式音読」を築き上げた今日までの歩みを振り返りつつ、その教育的効果をお話しいただいた。

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学習の基本は国語力

「吾輩は猫である。名前はまだ無い。どこで生まれたかとんと見当がつかぬ。何でも薄暗いじめじめした所でニャーニャー泣いていた事だけは記憶している。……」
(夏目漱石『吾輩は猫である』)
「武蔵野に散歩する人は、道に迷うことを苦にしてはならない。どの路でも足の向く方へゆけば必ずそこに見るべく、聞くべく、感ずべき獲物がある。……」
(国木田独歩『武蔵野』)
「雨ニモマケズ/風ニモマケズ/雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ/丈夫ナカラダヲモチ/欲ハナク/決シテイカラズ/イツモシズカニワラツテイル……」
(宮澤賢治『雨ニモマケズ』)
これらは兵庫県伊丹市に本部を置く私たちの「まねび学園」で使っている音読テキストの一部です。古くは中国の『論語』や漢詩、日本の『万葉集』『枕草子』『徒然草』。近代、現代文学では夏目漱石、島崎藤村、国木田独歩、芥川龍之介、高村光太郎、宮澤賢治などの名詩、名文の中から私が「これは」と思うものを教材として選んでいます。

教室に集まってくるのは小学生や幼稚園児で、音読の時間は30分。私が「はい、夏目漱石『坊っちゃん』」と指示すれば全員が『坊っちゃん』の冒頭部分を、「朱熹の『偶成』」と言えば「少年老い易く学成り難し 一寸の光陰軽んず可からず……」と一斉に音読します。大きな声で、早いペースでテンポよく、しかも間を置かずに多くの文章を立て続けに読み上げる。これを時間内に繰り返すのです。

臨場感を出すために、時には動作を交えて主人公になりきり、机をタンタンと叩いて盛り上げ、発音が弱い場合には「ほら、甘いよ」と注意します。こうやって毎回音読するうちに、子供たちは難しい文章でも楽に覚え、テキストを開かなくても諳んじられるようになります。授業が終わると、子供たちの顔はすっかり紅潮し、元気いっぱいに帰っていきます。

「まねび学園」は本来、独自のメソッドで子供たちの語学力を高める英語教室です。英語教室なのにどうして日本語の音読を取り入れるようになったのか、そこには次のような経緯がありました。

30年以上前、私は学園の創設者・まねびてつろう先生の仕事の手伝いをしていました。当時、私の英語は素人同然ですから、手伝いといっても、せいぜい簡単な事務作業くらいでしたが、ちょうどその頃、趣味として熱心に取り組んでいたのが朗読でした。

NHKの元アナウンサーが主宰される教室に通い、厳しい特訓にくじけずについていく私に何かを感じられたのでしょう。まねび先生が「朗読を趣味だけで終わらせるのはもったいないよ。国語教育に役立つことを考えてみたらどうだろうか。学習の基本はなんといっても国語なのだから、国語力が劣っていたら、英語力を伸ばすことはできない」とアドバイスをしてくださったのです。

まねび先生の言葉を受け止め、私が考えたのが子供たちを対象とした音読教室でした。こうして「まねび学園」の活動の一環として「心に効く音読教室」を開設したのは1982年のことです。

まねび学園JR尼崎駅前教室代表

石橋淑子

いしばし・としこ

広島県生まれ。尾道市立短期大学国文科卒業後、「美しい日本語の集い」で山上みちこ元NHK大阪アナウンサーに師事。昭和57年兵庫県伊丹市の「まねび学園」内に「心に効く音読教室」を開設。平成12年に尼崎市に同学園JR尼崎駅前教室を開校。幼児・児童を対象に国語音読と英語(SSTメソッド)を教えている。ロングセラーを続ける隂山英男氏の『徹底反復音読プリント』(小学館)の作品選びに協力した。