2017年8月号
特集
維新する
  • 東京大学教授柳川範之
  • 東京大学特任准教授松尾 豊

人工知能は
日本の未来を
維新するか

「ディープラーニング」と呼ばれる革新的技術の登場によって、いま人工知能がものすごいスピードで進化を遂げている。人工知能は果たして、私たちの生き方や社会をどのように維新していくのか。そしてその先にはどのような未来が待っているのか──。経済学の分野から人工知能にアプローチしてきた柳川範之氏と、日本を代表する人工知能研究者である松尾 豊氏に語り合っていただいた。

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この人はキーパーソンになる

柳川 松尾さんと初めてお目にかかったのは、まだ「人工知能」とか「ビッグデータ」とかいう言葉が世の中にあまり出ていない時代でしたよね。
それで、これからは日本もデータをきちんと集めて分析していくことをしなければ、将来大変なことになるんじゃないかと経済産業省が考えて、いろいろな分野の方を集めた懇談会を開いた。その会に呼ばれたのが私と松尾さんで、それが最初の……。

松尾 ええ、2012年頃だったと思います。東京大学元総長の吉川弘之先生が座長をされて。

柳川 そうでしたね。元日本コカ・コーラ社長の魚谷雅彦さん(現在、資生堂社長)とか、いろんな分野の方が集まって、「データを集めて分析しよう」みたいな話をしたのが最初でした。

松尾 確か「消費インテリジェンスに関する懇談会」という名前の会だったと思います。要するに消費者の動向をきちんとデータを使って分析する能力こそが、適正に価格を上げ、利益を出していく上で重要だといった内容でした。
消費者に対してどういう価値を提供できるかを消費データからつくりだしていくことは、いまでもすごく重要なことだと思っているんですが、あの時の話はいまそこまで流行っていませんね(笑)。

柳川 そうですね。とはいえ、データを活用して売り方を考えるっていうこと自体は、かなり意識されるようになってきていますよ。楽天とかそういう大きなデータが集まるところはもちろんやっていますし、それ以外でも、データをきちんと集めて販売戦略や価格戦略などを決めていこうっていう企業は確実に増えてきているとは思います。
私も懇談会に参加する以前からデータを分析することは大事だと思っていたんですが、その当時、松尾さんのようにデータの分析を本格的にやっている方はあまりいなかったので、すごい人だと思いました。これからの時代のキーパーソンになっていく人だなというのが松尾さんの第一印象でしたね。

松尾 東京大学の先生には、細かいことをごちゃごちゃ指摘してくる方が多いので(笑)、実は初めは東大の先生の柳川先生にもちょっと警戒していたんですよ。

柳川 そうだったんですか(笑)。

松尾 でも、柳川先生は終始穏やかに喋られて、すごく的確にご指摘されるし、すごい人だなと思いました。
その後も、いろいろ経歴とかを伺っていく中で、だんだん警戒心が解けていきました。

東京大学教授

柳川範之

やながわ・のりゆき

昭和38年埼玉県生まれ。58年大学入学資格検定試験合格。63年慶應義塾大学経済学部通信教育課程卒業。平成3年東京大学大学院経済学研究科修士課程修了、5年同大学院博士課程修了。慶應義塾大学経済学部専任講師、東京大学大学院経済学科研究科准教授などを経て、23年より現職。『東大柳川ゼミで経済と人生を学ぶ』(日経ビジネス人文庫)『東大教授が教える独学勉強法』(草思社)『40歳からの会社に頼らない働き方』(ちくま新書)など著書多数。

人間の「認知」に興味があった

柳川 きょうはせっかくの機会ですから、松尾さんが人工知能の研究に興味を持たれたきっかけもお聞かせくださればと思います。

松尾 そうですね。僕はもともとコンピュータが好きで、小学生の時に「ポケコン」という携帯用のポケットコンピュータを買ってもらって、よく遊んでいました。
高校では、物理学や数学がわりと好きで、「方程式ってすごく美しいな」などと思っていたんですが、だんだん「この方程式が示す世界は本当にあるのか?」と疑問を抱くようになったんです。例えばいまテーブルの上にコーヒーが置いてありますが、「これは本当に存在するのか?」みたいな感じです。
それで、嫌いな受験勉強をしながら図書館で哲学書を読むようになって、ある時、自分の世界の見え方をつくっている「認知」の構造って何だろうと、人間の知能の仕組みに興味を持ったんですね。

柳川 なるほど、そこで知能に興味を持たれたんですね。

松尾 その後は、なんとなく情報技術の方向に将来性を感じて、大学では情報系の学科に進みました。
ただ、卒業論文を書く研究室を選ぶ時に、人工知能の研究室があることを知りましてね。図書館に行って人工知能に関する様々な本を読み始めたんです。
すると、どうやらまだ人工知能はできていないらしいこと、人間の認知がどのようにできているのかも明らかになっていないらしいことが分かった。
それで、「こんな大事なことがなんで分かっていないんだろう。じゃあ、自分がやろうかな」と一九九六年に人工知能の研究室に入って、以来ずっと研究を続けてきたという感じです。
人工知能ができていないと分かった時には、ラッキーだなとすごく思いました。
柳川先生は、どのようなきっかけで興味を持たれたのですか。

柳川 私も、もともと人間の認知や、脳がどのように働いているかといったことには関心がありました。専門である経済学の分野でも、人々が日々どのように意思決定をしているかなどは、まさに認知の問題が関わってくるものですから。
でも、正直申し上げると、当初は人工知能にはあまり学問的な関心はなくて……。というのも、人工知能は、確かに夢のある話だけども、現実には使えないんじゃないかという意識が強くあったんです。人工知能が実際に経済を変えるとはイメージできなかった。
ただ、松尾さんとご縁をいただいてから、人工知能の新しい技術などについてお話を伺う中で、これはいままでの人工知能とはかなり違った側面が出てくるんじゃないか、経済の構造や働き方を大きく変えていくんじゃないかと、漠然と考えるようになりました。
なので、私が人工知能に学問的な関心を持ち始めたのは、松尾さんと出会ってからでしょうね。

東京大学特任准教授

松尾 豊

まつお・ゆたか

昭和50年香川県生まれ。平成9年東京大学工学部電子情報工学科卒業。14年同大学院博士課程修了。博士(工学)。同年より産業技術総合研究所研究員。17年スタンフォード大学客員研究員。19年より現職。著書に『人工知能は人間を超えるか ディープラーニングの先にあるもの』(KADOKAWA)。