2024年1月号
特集
人生の大事
対談3
  • 広島市信用組合理事長山本明弘
  • コンサルタント遠藤 功

現場力こそが
企業発展の鍵

20期連続増収を続ける広島市信用組合。その発展にはいくつかの要因がある。事業を融資、預貯金の本来業務のみに特化。泥臭いようでも地域を歩いて中小零細企業を支援する現場主義に徹していることもその一つである。同組合理事長・山本明弘氏はシンプルながら他が真似できない仕組みを構築してきた。一方、コンサルタントでローランド・ベルガー日本法人元会長の遠藤 功氏は、現場力の鍛錬、強化により多くの一流企業を再生、発展に導いてきた実績を持つ。現場力を高める上で大事なものは何か。お二人に語り合っていただいた。

この記事は約25分でお読みいただけます

広島市信用組合が成長を続ける理由

山本 きょうは遠藤先生とお会いできるのをとても楽しみにしてきました。先生は経営コンサルタントとして現場力の重要性をもとに名だたる企業を成長、発展させてこられていますが、私どもシシンヨー(広島市信用組合)はまさにその現場力一本でやってきたんですね。
特にコロナ以降、金融機関は軒並み外交を縮小しました。現場力が一番足りないのが金融機関です。その点、うちは知恵がないものですから、とにかく現場力の継続、集中、徹底。皆で汗を流して歩き回っています。

遠藤 私も山本理事長のご著書や雑誌の記事を拝読しましたが、素晴らしい経営をされていることに感心しました。何でも20期連続の増収だとか。

山本 はい。ありがたいことに2023年度上半期決算で経常収益は98億円を上回り、経常利益、当期純利益と共に過去最高を更新しました。日本格付研究所の格付は「Aプラス」に引き上げられ、見通し「安定的」との高評価をいただいています。
私たちがこれだけの業績を維持できるのは「預金」「融資」の本来業務に徹しているからです。投資信託や生命保険、株といった金融商品には一切手を出しません。泥臭いようでも現場を歩いて、歩いて、歩き抜き、思うような経営ができていない中小零細企業などの資金ニーズに応えるのが私たちの使命だと考えています。そのことが結果的にお客様との真の信頼関係を築く。金融機関が外交を縮小したいまこそがビジネスチャンスでもあるわけです。

遠藤 大変失礼ながら、シシンヨーさんがどうしてこれだけの好業績が出せるのか私は最初、疑問でした。分かったのは、融資に当たり「ローリスク・ローリターン」ではなく「ミドルリスク・ミドルリターン」を狙い、ある程度のリスクを覚悟で融資をし、リターンを得る仕組みを確立されていることでした。

山本 はい。このコロナ禍でよその金融機関はリスクを取らなくなりました。だけどお客さんが苦しい時こそ自分たちがリスクを負う、というのが私たちの考えです。ただし、うちの自己資本では1社最大174億円まで融資できますが、リスクを分散させるために20億円以下と決めています。融資を受けたお客様が喜んで成長していく。そうなると必ずリターンがあるわけです。

遠藤 一般に信用組合は「ローリスク・ローリターン」ですので、
シシンヨーさんのように最大20億円の融資を引き出せる例はまれだと思います。信用組合でそこまで踏み切れるリーダーはなかなかいないと思いますね。

山本 これはジャッジが難しいです。誤ると不良債権の山になってしまいます。

遠藤 高額な融資をする上では、現場をよく知らなくては正しい判断ができないということなのですね。

山本 おっしゃる通り、まさにそこなんです。現場を回ってお客様のことが分かっていないと、決算書の数字だけでは怖くて融資できないです。私自身、菓子折を持って毎日3軒、5軒、時間がある時には10軒以上のお客様を訪問します。現場を回ることによって、決算書だけでは分からない経営者の人間性や会社の雰囲気というものが分かるんです。
社長さんの表情が暗かったり、掃除がされていなかったりする会社は、残念ながら融資をお断りすることがあります。反対に、たとえ赤字、繰越欠損、債務超過の会社であったとしても、技術力があったり、研究心があったり、思いやりがあったり何か可能性が見えてくれば、融資を決断します。それは直感、ひらめきという他ありませんが、現場に出向いてフェイス・トゥ・フェイスでお会いしてこそ分かることなんです。

広島市信用組合理事長

山本明弘

やまもと・あきひろ

昭和20年山口県生まれ。43年専修大学経済学部卒業後、広島市信用組合に入組。本店営業部長、審査部長などを経て平成7年理事に。11年常務理事、13年専務理事、16年副理事長。17年から理事長。25年全国信用協同組合連合会会長に就任。著書に『足で稼ぐ「現場主義」経営』(金融財政事情研究会)『融資はロマン』(きんざい)。

理事長の出勤時間は午前5時10分

遠藤 理事長自ら現場に出て、リーダーシップを体現されているのですね。

山本 驚かれるかもしれませんが、私は毎朝3時半に起きるんです。5時10分には会社に行って体操をし、支店長全員の日報に目を通します。6時25分くらいから役員会議を開いて、3億円以上の融資案件などを審議します。これが終わるのが遅くても8時。お客様を回るのはそれからです。私は全国信用協同組合連合会の会長もしておりますから、全国を飛び回ることもあります。トップ、役員がこれだけ頑張っているということを500名近い職員が皆、見ています。

遠藤 80歳近い理事長の馬力には圧倒されるばかりです。

山本 ただ、先生、これだけは言っておきますが、役員を除く部長以下の職員は全員8時10分以降じゃないと建物に入れません。そしてできるだけ定時には帰宅させます。こういうコンプライアンスに私はとても厳しいんです。業績に対してガンガン言ってもいまの若い子はついてきません。だけど、悪いことをして業績を上げる、不正なことを隠すなど、そうしたことには厳しく対応します。
そりゃあ500人近い職員がいれば、お金に苦しんでいる者が必ずおります。それで私は毎月の支店長会議などでいの一番に言うんです。「お金に困っている職員はいつでも相談に来い」と。実際、何人もの窮地をそうやって救ってきました。問題になった中古車販売会社のような事例を、うちからは絶対に出してはいけないというのが私の信念なんです。

コンサルタント

遠藤 功

えんどう・いさお

昭和31年東京都生まれ。早稲田大学卒業。ボストンカレッジ経営学修士(MBA)。三菱電機、米国戦略系コンサルティング会社、早稲田大学ビジネススクール教授を歴任。欧州系最大の戦略コンサルティングファームであるローランド・ベルガー日本法人社長・会長として、一流企業の経営コンサルティングにも従事してきた。著書に『現場力を鍛える』『生きている会社、死んでいる会社』『戦略コンサルタント 仕事の本質と全技法』(いずれも東洋経済新報社)『現場女子』(日本経済新聞出版社)他多数。