2026年10月号
特集
運をつかむ
インタビュー②
  • 大阪府堺市倫理法人会会長亀井潤一郎

人間学の学びが
僕の運命を変えた

大阪府堺市倫理法人会の会長を務める亀井潤一郎氏は、かつて裏社会に身を置いた経験がある。そこから見事に立ち直り、現在経営者として歩み続ける力となったのが『致知』と倫理法人会での学びだった。亀井氏は人間学の学びによっていかに人生を転換し、幸せという運をつかんだのだろうか。これまでの半生を振り返りながら、お話しいただいた。

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    大阪府堺市倫理法人会会長

    亀井潤一郎

    かめい・じゅんいちろう

    昭和51年大阪府生まれ。平成24年堺市でレンタカーの会社K- RENT を立ち上げる。令和元年堺市倫理法人会入会。事務長、副会長、専任理事を歴任し、令和6年会長に就任。

    暴走族から裏社会の道へ

    ――大阪府堺市倫理法人会の会長に就任されてこの9月で3年目になられますね。

    これまでの自分を大きく変えたいと思って、2019年に堺市倫理法人会に入会させていただきましたが、その時は会長になるなどとは思ってもみませんでした。
    当会は会員約200名をようし、令和8年度モーニングセミナーの平均参加社数は全国776か所の法人会で1位になりました。僕自身、まだまだ学びも浅く発展途上の身ではありますが、会長に推薦いただいたのも「もっと真剣に人間を磨け」という激励のメッセージでしょうし、一旦は道を踏み外して生きてきた自分だからこそ「こんな自分がここまで人生を変えることができた」という姿を見せることで、きっと皆さんの励みにもなると思っています。

    ――亀井さんはご自身の歩みを、皆さんの前でお話しされることもあるそうですが、裏社会に長年身を置いてこられたと。

    申し上げづらいところもあるのですが、その通りです。
    少し子供の頃からの話をさせていただくと、僕は50年前の1976年、大阪市で生まれました。小学1年生の時に両親が離婚しまして、僕と2人の弟は母親と母方の祖母と一緒に暮らすことになりました。祖母も離婚していましたが、祖父は1年に何回かは孫たちをどこかに連れて行ってくれる優しい人で、祖父母にはとても可愛がってもらった思い出があります。
    母は印刷会社で働いていましたので、祖母が私たちの身の回りの世話をしながら内職をやっていました。僕たち兄弟はといえば、3人そろってとても褒められたものではなく、母親が毎年のように学校に呼び出されるくらいやんちゃでしたね。しかも、中学生になるとそれがエスカレートし、僕は高校に何とか入れてもらえたもののすぐに退学し、お決まりのように15歳で暴走族に加わったんです。
    昼間は建設現場などで日雇いの仕事をし、夜は単車に乗って遊び興じるという生活を続けるうちに、いつしか20歳になっていましてね。ふと周りを見渡したら遊びほうけている連中が誰もいなくなっていた。これはまずいと思って求人誌を買って配達員を募集していた宅配便の会社に応募したところ、すぐに採用されました。
    30日間は研修期間ということでしたが、先輩ドライバーを手伝いながら配達先の事務員さんと顔見知りになったり、配達の仕組みが理解できたり、生まれて初めて働く喜びというものを感じました。これでようやく周りの皆に追いつけるという期待が日に日に膨らんでいったんです。

    ――周囲にも顔向けができると。

    30日目、人事部から呼ばれましてね。僕は当然「ご苦労さん、明日から頼む」と言ってもらえるという思いでいました。ところが、言われたのが「ちょっと聞きたいことがあるんや。君、保護観察がついているんか」と。立て続けに「調べさせてもろたけど、補導歴もあるみたいやな。どうなんや」ときつもんされました。それで結局「君を雇うことはできない」と言い渡されたんです。
    いまの僕なら、自業自得であることがよく分かります。しかし、当時の僕は「社会はこんなに理不尽なのか」などいろいろな感情が込み上げ、世をねて自暴自棄になるばかりでした。それからというもの求人誌をめくる気にもならず、家でゴロゴロしていました。

    ――あぁ、世を拗ねて。

    ある日、暴走族時代の総長から「久々やな」と電話があり、会いたいというので訪ねていって、案内されるままに部屋に入ったら、そこはどこから見ても暴力団事務所でした。初めて知ったのですが、総長だった仲間が組員になっていたんです。暴走族時代の仲間の姿が他にもありました。
    ナンバー2のおじさんは僕を見るなり「ここで男の修業せえ」と組員になるよう薦めてくるんです。やんちゃな僕でも、それはちょっとさすがにと思いましたから、「人生、失うもの大きいですもんね」とやんわり断りました。するとおじさんは大笑いしながら言うんです。「そうやな、失うもんならぎょうさんあるわ。その代わり得るもんもぎょうさんあるぞ」と。
    その言葉を聞いた時、なぜかそれまでの怖さが消えて「そうか、俺、このまま社会に出ても自分がいるところはないし、ここにいたら何か得るものがあるかもしれん。暴走族時代の仲間もおるしな」と変な安心感が湧き起こったんです。愚かでしたけれども……。