2019年6月号
特集
看脚下
インタビュー①
  • アトムチェーン本部会長井坂泰博

足元に咲いた
自然体の経営

大手家電量販店の台頭、躍進によって街の電器店の勢いが徐々に失われていく中、その流れに歯止めをかけた一人の人物がいる。現在、全国約860もの加盟店を擁するアトムチェーン本部の創業者、井坂泰博氏だ。その独創的な手法は「利他の精神」に溢れ、その恩恵は加盟店を潤す源泉にもなっている。一度は人生のどん底を味わいながら、氏はいかにして街の電器店の救世主になり得たのか。その波乱万丈の経営人生を伺った。

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相手に得を与える経営

——御社が主導する「アトム電器チェーン」によって、加盟店である街の電器屋さんが、各地で大手家電量販店にも負けない経営をされているそうですね。

ええ。量販店との競争は相変わらず厳しいところもありますが、皆さんそれぞれの地元で頑張ってくださっています。
そもそも量販店が台頭し始めたのがいまをさかのぼること30数年前のことで、それを機に街の電器屋さんを取り巻く環境は大きく変わっていきました。量販店がどんどん進出してくるものだから、個人店はどこもめちゃくちゃ苦しい思いをしたわけです。
その時に力のある個人店は経営コンサルタントを入れて、量販店と渡り合おうとしました。様々な経営指導を受けたわけですが、身の丈に合わないことをさせられるものだから、ほとんどがうまくいかなかったんですよ。
「アトム電器チェーン」の展開を始めたのも、量販店が進出を始めたのとほぼ同時期でしたけど、うちはフランチャイズと銘打ちながら、スーパーバイザーもいなければ経営指導も一切行わないという方針を打ち出したんです。

——一般的なフランチャイズとは正反対の取り組みですね。

それどころか、看板を掲げる、会議に出る、チラシをくといったいわゆる「しばり」と名のつくものも一切ありません。その代わりに、各加盟店には量販店に勝つために必要な「仕入れ、販促、情報」の3つに絞ってお手伝いをしてきたんです。

——その3つというのは、具体的にはどんなことでしょうか?

仕入れに関しては、本部が一括してメーカーから商品を購入する。こうすれば仕入れ値もぐーんと下がるので、価格で量販店に負けるということはありません。次の販促は、例えばチラシやカタログといった販促ツールの提供です。また、本部で随時行っているもよおしやキャンペーンなどにも、加盟店は自由に参加することができるんですよ。
3つ目の情報というのは、新商品や量販店の販売価格といった情報とともに、これまで培ってきた販売手法など、とにかく役に立つ情報をどんどん流していく。
それに加えて、2007年からは店長会議というのを毎月1回、大阪、東京など全国7か所で開催していましてね。もちろんこれも参加するしないは自由で、様々な情報提供の場にしているのですが、いまでは加盟店同士の「情報交換の場」として横のつながりが生まれる場にもなっています。

——加盟店にとって非常にメリットが大きいですね。

うちでは「アトムは相手に得を与える経営をする」という経営理念を掲げているんです。お客様に得を与える、社員に得を与える、そして取引先に得を与える。そうすると、みんなが集まってくるでしょう。これが「繁盛」であって、そのこと自体が「利益」であると僕は考えているんです。
おかげで加盟店も、チェーン展開を始めて以降どんどん増えていきましてね。現在、全国で約860店が加盟していて、しかもどの店もしっかりと独立を保って経営をされているんです。

——それだけの加盟店に支持されていること自体が、経営理念を見事に実践されているあかしですね。

もっとも、そうした考え方に辿たどり着くにはかなりの紆余曲折うよきょくせつがありました。若い頃なんかは欲と道連れというか(笑)、商売っていうのはもうけることや、としか考えていませんでしたからね。
うちの家内も言ってますよ、あんた昔と比べたら人相がすっかり変わったって。何でも自分に取り込もうとしていた人間が、いまは相手が儲かってくれたらそれでええ、と考えるようになった。しかもそのほうが、結果的に売り上げにも繋がっているんだから不思議なものですよ。

アトムチェーン本部会長

井坂泰博

いさか・やすひろ

昭和21年大阪府生まれ。大阪府立堺工業高等学校卒業後、三洋電機中央研究所に入社。同年大阪工業大学応用化学科(夜間)に入学。45年家電小売店「井坂電器店」を創業。51年井坂電器を設立、社長に就任。平成元年アトムチェーン本部に社名変更後には、「街の電器屋」を束ねるフランチャイズチェーンを全国で展開。29年会長に就任し、現在に至る。