2019年12月号
特集
精進する
  • 同志社大学生命医科学部客員教授杉本八郎

夢の新薬開発に挑む

アルツハイマー型認知症の
根本治療薬開発に懸ける人生

世界初のアルツハイマー型認知症治療薬「アリセプト」を開発し、人類社会に大きな功績を残した杉本八郎氏。その開発の裏には、寝ても覚めても研究に打ち込む弛まぬ精進があったという。一時は研究職から離れざるを得ない逆境に立たされながらも、杉本氏は認知症によって苦しむ人々を救いたいという一念を失わなかった。アリセプトは症状の進行を遅らせることは可能だが、根治はできない。2019年喜寿を迎えるいまなお、根本治療薬の開発に邁進している杉本氏の挑戦の軌跡と研究開発に懸ける思い、そして物事を成し遂げる要諦――。

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世界中が注目する夢の新薬

——杉本さんは現在、アルツハイマー型認知症の根本治療薬の開発に挑まれているそうですね。

私はエーザイ時代に世界で初めてのアルツハイマー病治療薬「アリセプト」を開発しました。
これはあくまでも症状の進行を遅らせる対症療法薬なんです。アリセプトを成功させたおかげでよく講演の時に、「先生、根本治療薬はいつできるんですか?」って聞かれるんですよ。やっぱりアリセプトで成功したことから考えると、根本治療薬の開発はどうしても手掛けたい。そういう使命感を持っている。だから、76歳でも休めないんです(笑)。

——とても76歳とは思えないほど若々しく見えますが、健康を保つ秘訣ひけつは何かありますか?

剣道でしょうね。私は教士七段なのですが、いまも週2回、稽古けいこに励んでいます。月曜は京都府庁の夜稽古で、金曜は京都警察の朝稽古。竹刀で人の頭を殴っていますから(笑)。人の頭を殴ってお礼を言われることって、あまりないですよね(笑)。これが元気でいられる秘訣かもしれません。

——新薬開発の現状と今後の展望についてお聞かせください。

アルツハイマーというのは脳細胞が徐々に死んでいく病です。一度死んでしまった細胞は、もうよみがえりません。アルツハイマーには予備軍があって、軽度認知障害(MCI)っていうんですね。これは病気ではないものの、やがてはアルツハイマーになってしまう。予備軍が予備軍のままでもし止まれば、日常生活に支障がないので根本治療になるんですよ。これがいま狙っているゴールです。
ただ、アルツハイマーの研究が非常に難しいのは、原因が多岐たきにわたっている点にあります。いま最も有力だと考えられているのは「アミロイドβベータ」と「タウタンパク」、これらが凝集ぎょうしゅうすると神経毒性を示すんです。このアミロイドβとタウタンパクが脳にまるのを減少させることができれば、アルツハイマーにはならない。これがいま世界のアルツハイマー研究者たちが考えている、治療のコンセプトです。

世界中の大手製薬会社らがしのぎを削って開発に挑戦していますが、どちらか一つの物質だけを減らすことしかできていません。そんな中、私たちは2011年に両方を減少させる化合物「GT863」をつくることに成功したんです。私が社長を務めるベンチャー企業グリーン・テック(GT)の八郎さんって意味なのですが(笑)、
早ければ1年半後から臨床試験に入る予定です。

——実用化に至れば、世界中の患者さんを救うことができますね。

ええ。しかし、臨床試験には莫大ばくだいな費用と時間がかかります。私のところのような社員数5~6名のベンチャー企業は資金力不足でとても続けることなんてできないんですけど、幸運にも2019年8月末に国から大口の助成金をもらえることが決まりました。日本だけでなく、既にマレーシア、シンガポール、中国でも開発計画を企画しています。
現在、日本だけでアルツハイマー患者が約462万人、予備軍は約400万人います。予備軍の中の1割は1年後にアルツハイマーになる可能性が高いため、6年後の2025年には700万人に達する。これは大きな問題で、私は国家戦略の一環として取り組むべき課題だと感じているんです。

同志社大学生命医科学部客員教授、グリーン・テック社長

杉本八郎

すぎもと・はちろう

昭和17年東京生まれ。36年東京都立化学工業高校卒業後、エーザイ入社。在職中の44年中央大学理工学部卒業。平成2年人事部採用プロジェクト担当課長、8年アリセプトが米国で承認され発売開始。9年筑波研究所副所長、12年創薬第一研究所所長。10年薬のノーベル賞といわれる英国ガリアン賞特別賞受賞。15年同社を定年退職し、京都大学大学院教授。23年同志社大学生命医科学部客員教授。26年グリーン・テック社長就任。薬学博士。