2023年10月号
特集
出逢いの人間学
インタビュー
  • 日本科学未来館館長、IBMフェロー浅川智恵子

諦めなければ
道は開ける

日本科学未来館館長の浅川智恵子氏は、IBMフェローとしてアクセシビリティの研究もリードしている。14歳で失明。IBM入社後は、ウェブ上の文字情報を音声で読み上げる「ホームページリーダー」など時代の流れを大きく変えるソフトを開発してきた。「諦めなければ道は開ける」を信条としていまも前進を続ける浅川氏に、失明という試練や師との出逢いによって切り拓いた人生を振り返っていただいた。

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日本科学未来館館長 IBMフェローとして

——日本科学未来館にお伺いしましたが、東京・お台場の人気スポットということもあって、多くの人でにぎわっていますね。

この日本科学未来館は科学技術が社会で果たす役割や未来の可能性について考え、語り合う場として2001年にオープンしました。身近な科学から最新テクノロジーまで、常設展や特別展、ドームシアターやイベントなど、様々な形で体験できるミュージアムです。コロナ以前は、年間100万人以上の方に来館いただいていました。
私は、初代館長で宇宙飛行士の毛利まもるさんの後任として2021年、二代目館長に就任したのですが、気候変動をはじめとする人類の生存をおびやかす様々な現象が起きる中で、未来館として一体何ができるのかを考えました。そして今後10年間の未来館の指針を示した「Miraikanビジョン2030」を発表しました。
「あなたとともに『未来』をつくるプラットフォーム」というビジョンを掲げ、「ライフ」「ソサイエティ」「アース」「フロンティア」の4つの領域にフォーカスした取り組みを現在進めているところです。

——具体的には、どのようなものなのですか。

「ライフ」は人生百年時代にどのように生きていくのかということですね。「ソサイエティ(社会)」はAIやロボットなどの新しいテクノロジーと共に街や社会はどのように変わるのか。「アース」はこの地球で暮らし続けるために私たちに何ができるのか。最後の「フロンティア」は宇宙などのフロンティアに関する研究から見える未来です。ちょうど今秋、ライフ、ソサイエティ、アースの3つの領域の新常設展を同時に公開します。
このような未来館の活動に、子供から高齢者まで、国籍や障碍しょうがいの有無を問わずあらゆる人たちに関わっていただきたいというのが私の願いでもあるんです。

——浅川さんは未来館館長の他に、IBMフェローという顔もお持ちですね。

はい。研究者としていま目指しているのは、実社会でのアクセシビリティ(機器やサービスの利用しやすさ)の実現です。私は失明した時、情報のアクセシビリティと移動のアクセシビリティという2つの問題に直面しました。この2つが社会参加していく上での大きな障壁になっていたのは私に限ったことではなく、すべての視覚障碍者に言えることでした。
それで1985年にIBMに入社し取り組んだのが情報のアクセシビリティです。最初に点字のデジタル化に取り組み、90年代半ばにインターネットが普及してからは「ホームページリーダー」という、ウェブ画面の文字を音声で読み上げる世界初の実用的なソフトを開発しました。それまで視覚障碍者の情報源は点字と録音図書に限られていましたので、これによって視覚障碍者はボランティアの手作業に頼らなくても膨大なネットの情報に触れられるようになったんです。ホームページリーダーは2000年までに11か国語に対応し、世界中から大きな注目を集めました。

——視覚障碍者の自立を促し、活動の輪を大きく広げたという意味でも画期的な開発でしたね。

もう一つの移動のアクセシビリティについては、視覚障碍者の自由な移動を助けるナビゲーションロボットを実現したいという思いから、2017年以降「AIスーツケース」の開発を進めています。これは、周囲を360度測定できるレーザーによるセンサーとAIを組み合わせて、周囲の障害物や歩行者を認識しながら安全に移動することができるロボットです。これを使えば、視覚障碍者が一人で自由に町を歩くことも可能になります。いろいろな企業や大学の協力を得ながら、目下、その実用化のために努力を重ねているところです。
私自身、研究者であると同時に一人のユーザーでもあるので、これらの活動を通してロボットが人を助ける未来社会の実現に貢献できたらと思っています。

日本科学未来館館長、IBMフェロー

浅川智恵子

あさかわ・ちえこ

大阪府出身。11歳の時の事故が原因で14歳で失明。昭和60年日本アイ・ビー・エム東京基礎研究所に入社。平成15年米国女性技術者団体殿堂入り。16年東京大学工学系研究科先端学際工学専攻博士課程を修了、博士(工学)取得。21年IBMフェロー就任。25年紫綬褒章受章、米カーネギーメロン大学IBM特別功労教授を兼務。令和元年全米発明家殿堂入り。3年4月、日本科学未来館館長に就任。