2023年10月号
特集
出逢いの人間学
一人称
  • 国民文化研究会理事長小柳志乃夫

歴代天皇の御製に
込められた祈り

初代の神武天皇以来、皇紀2683年、126代にわたり続いてきた日本の皇統。歴代天皇が詠まれた御製には、我が国が直面してきた様々な歴史的局面と共に、国民に対する深い思いが込められている。この度弊社より上梓される『歴代天皇の御製集』の編纂に携わった小柳志乃夫氏に、貴い御製が私たちに語りかけるものを繙いていただいた。

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歴代天皇の御製が映し出すもの

「そらみつやまとの国は、すめがみいつくしき国、ことだまさきはふ国と語り継ぎ、言ひ継がひけり」
(空にちる大和の国は、皇祖の神の厳しき国、言霊の幸ある国と語り継ぎ、言い継いできました)
奈良時代初期の歌人にして当時を代表する知識人であったやまのうえのおくが、その最晩年にかつて自らも参加した遣唐使を送り出す時に奏上したといわれる、好去好来こうきょこうらいの歌の一節です。

私たちが学生の頃から教えを頂いた国文学者・正雄先生は、「皇神の厳しき国」は天皇統治の伝統が絶えることのない国、「言霊の幸はふ国」は歌にまれたまことが実現される国と解釈されました。憶良はこのように伝承された日本の国柄をうたい上げ、これから出立する遣唐使が立派に使命を果たしてくることを願ったのです。

近年、日本に住む外国人がかつてないほど増えるにつけ、私は日本という国が今後どうなっていくのか、何をもって日本人とするのかという問題意識を募らせていました。そんな折に想起されたのが、この好去好来の歌の一節です。

初代のじん天皇から今年(2023年)で実に2,683年、常に国の中心にあり続けた皇室のご存在と神々への畏敬いけいの思い、和歌を中心として真心を大切にした豊かな国語文化。憶良が詠んだ日本の国柄をしっかり守っていくことが、激動する環境の中で国を溶解させないための鍵だと私は思っています。

『致知』でもおみの渡部昇一先生は、日本は「和歌の前の平等」が成り立つなる国であったと指摘されています。天皇から庶民まで身分、男女、貧富など一切の区分なく作品が収録されている『万葉集』などからもうかがえるように、我が国では古来、天皇も国民も和歌をつくり、互いに心を通わせてきました。

さらに鎌倉時代に後鳥羽天皇の命でへんさんされた『新古今和歌集』では、和歌のことを「しきしまの道」と表現され、日本人が踏み行く道として自覚されるようになりました。

和歌は理屈ではなく、自分の心を見つめ、それを素直に表現して詠むものです。鏡に自分の姿を映して居ずまいを正すように、歌は自分の心を映し出し、自分を見つめ直し、自分を知る働きを持っています。我が国では古来、そうした和歌の創作と和歌を通じた心の交流を以て人の踏むべき道、日本人の踏むべき道と考えられてきました。そしてこの「しきしまの道」のご修練に誠実に努めてこられたのが、歴代天皇であったのです。

我が国における天皇統治の伝統は、国民を支配することではありません。国民の喜びや悲しみを我が事のように感じ取り、その幸せを祈り続けてこられたご存在が天皇です。そして私たちは、歴代の天皇のぎょせい(御歌)に込められたお心を通じて、我が国の歩んできた道や国柄を知ることができるのです。

この貴い御製を、一人でも多くの方に親しんでいただきたいと願い、この度私が理事長を務める国民文化研究会(国文研)は、致知出版社より『歴代天皇の御製集』をじょうしました。

国文研は、戦後日本の学問や思想の混乱を是正し、歴史・文化に根ざした国民生活の確立を念じて昭和31年に発足した公益社団法人です。合宿教室での研修事業をはじめ、日本の将来を担う若い方々に我が国の大切な歴史・文化を継承する活動を行っています。

本書には、初代神武天皇から125代の上皇陛下まで、歴代天皇の御製から、名歌として定評のあるもの、ご事績をよく物語ってそのお心がしのばれるものなど95方、260首余りを掲載しました。一人でも多くの皆さんに我が国の大切な国柄を再認識していただきたい。本書にはそんな願いが込められています。

国民文化研究会理事長

小柳志乃夫

こやなぎ・しのぶ

昭和30年福岡県生まれ。54年東京大学法学部卒業、日本興業銀行入行。みずほコーポレート銀行資本市場部長、関係会社役員などを歴任。令和3年より公益社団法人国民文化研究会の理事長を務める。