2016年5月号
特集
視座を高める
インタビュー②
  • オールフォアワン社長石井英寿

ありのまま、
その人らしく

超高齢社会を迎えたいま、ユニークな介護事業で全国から注目を浴びる人がいる。千葉県で「宅老所いしいさん家」を運営する石井英寿氏だ。他の施設で拒否された認知症の人たちをも受け入れ、笑顔の絶えないデイサービス事業などを実現している。石井氏はどのような思いで、介護の道を日々歩き続けているのだろうか。

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「にもかかわらず笑う」

──「いしいさん家」は宅老所と聞いて伺いましたが、お年寄りやスタッフさんに交じって、小さなお子さんもいらっしゃるのですね。

託児事業でお預かりしている子や、うちのスタッフたちの子ですね。「子連れで出勤してもいい」という方針なので、普段はお年寄りやスタッフに遊んでもらっているんです。
ご覧のとおり、この一軒家ではお年寄りたちが昼寝をしたりテレビを見たりして思い思いの時間を過ごし、その間を小さな子がチョロチョロと走り回ったりしています。認知症の方も多くいらっしゃるのですが、常に僕たちスタッフが傍で見ているので全く心配はいりません。

──利用者の年齢層も幅広いのですね。

お年寄り以外の施設を含めると、ゼロ歳から100歳までの人たちを受け入れています。
2006年に開所して、最初は通所のデイサービスだけだったのが、利用者やスタッフの声に耳を傾けるうちに隣家を借りて「お泊まりの家」をオープンし、次には僕の自宅を開放して「みもみのいしいさん家」をオープンさせたりと、だんだんやることが多くなりました。

──ご自宅も開放されたのですか。

男性の利用者が増え、日中は仕事に取り組んでもらうデイサービスをやろうというので、僕たち一家が別の所に引っ越して、その空き家を活用することにしたんです。
というのも、長く働いてきた男性は、デイサービスと言われても部屋でじっとしているのが苦手なわけでしょう? そこで「いしい工務店」と書かれた作業着を着て(笑)、近所の小学校や保育園に出向いて落ち葉拾いや下駄箱の掃除などをやってもらうことにしました。この活動は地域から喜ばれていて、お年寄りの生き甲斐づくりにも繋がっています。これも立派な「老人ケア」ですよ。
いまでは千葉市や隣の習志野市の計4つの施設でデイサービスや泊まり、託児所、障がい児の支援事業などをやっています。空きさえあれば症状の軽重に関係なく、可能な限り受け入れているんです。
誰もが住み慣れた地域で「ありのまま、その人らしく」最後まで暮らしていただきたいというのが僕たちの願いなんですね。

──それにしても、「いしいさん家」のお年寄りはとても楽しそうですね。

外部から来られた方は皆さん、そう感じられるようですね。子供が身近にいて空気が違うということもあるでしょうが、なぜなのかは僕自身も分かりません。ただ、僕が大事にしているのは「にもかかわらず笑う」ということなんです。

──「にもかかわらず笑う」ですか。

はい。認知症のお年寄りのいる家族は、それはそれは大変なんですよ。その家族と一緒に老いや死を考えて寄り添うというのが僕たちのスタンスです。
介護というと一般に暗いイメージがつきまといます。だけど、本当にそうなのかな、と。初産のママによく「赤ちゃんはゼロ歳、ママ年齢もゼロ歳」と言うことがありますが、介護もそれと同じだと思うんです。誰でも初めての時はどうしていいか分からない。それが当たり前です。
認知症や障がいを受け入れるには5つの心理段階というものがあって、最初は戸惑うことばかりで「もう!」と投げやりになることもある。でも、ある段階から「治るわけではないし、イライラしても仕方がない」「ありのままでいいんだ」と介護者の気持ちに転換が起きてくるんです。そうなった時に、靴下に手を入れたりする行為も会話のキャッチボールができないことも、すべて笑いに変えていこうという心の余裕が生まれるわけですね。

──「にもかかわらず笑う」とは、どのような厳しい状況でも楽しく乗り越えるということですか。

そういうことです。厳しい現実に直面した時こそ経験者である僕たちの出番です。皆さんを笑顔にするためにも、まず僕自身がニコニコを心掛けています。するとそこにいろいろなアイデアも生まれてくるんです。

オールフォアワン社長

石井英寿

いしい・ひでかず

昭和50年埼玉県生まれ。大学卒業後、介護保健施設で相談員、介護職として8年間勤務した後、オールフォアワンを設立。平成18年以降、「宅老所いしいさん家」などの福祉施設を千葉市や習志野市にオープン。介護施設から託児所、障がい者支援事業など幅広く取り組んでいる。著書に『人間だから、一緒だよ』(パレード)。