2016年10月号
特集
人生の要訣
対談
  • 京都大学大学院教授・臨床心理士皆藤 章
  • アイテラス社長今野華都子

『心に響く小さな
5つの物語』に学ぶこと

平成22年の発刊以来、世代や年代を超え、多くの方々に読み継がれてきた『心に響く小さな5つの物語』。この本の愛読者である臨床心理士の皆藤 章氏とエステティシャンとして世界一と認められた今野華都子さんに、本書の魅力とともに、それぞれの物語から紡ぎ出される人生の要訣について話し合っていただいた。

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「人の生き方」から学ぶ

皆藤 今野さんとは初めてお目にかかりますが、きょうは『5つの物語』をテーマにお話ができると聞いて楽しみにまいりました。

今野 こちらこそ、よろしくお願いいたします。

皆藤 この『5つの物語』は、とりわけ年代を問わずに感動できる本で、聞くところによると発売以来、母校とか地元の小中学生に読ませたいと、経営者の方などが何百冊、何千冊と寄贈されるケースが続いているそうですね。

今野 すごいことですよね。

皆藤 ええ。何かこの本は不思議な力を持っているように感じられます。

今野 私たちが育った頃というのは、道徳とか倫理の時間がありましたけど、いまはそういうものがあやふやになっていますよね。私はよく「光の方向」と言っているのですが、植物が光の方向に伸びるように、人間も素直によい方向に生きようとする光が必要で、この本はその光の方向を簡潔に指し示してくれていると思います。
すべての人が、人として生まれた以上は、苦しみや悲しみがあるのは当たり前で、それをどのように受け取り、どのように人として与えられたエネルギーを使って自分や周りの人たちを幸せにしていくかを、この本は教えてくれている気がします。ですから年代や職種を問わず、すべての人に受け入れられるのではないでしょうか。

皆藤 私が思うのは、現代人が生きる上で最も必要でありながら、しかしいま多くの人に欠けているものが倫理ではないかと。
その一方で、「これを守っていれば絶対にいい」というように、統一した何かでコントロールすること自体が、いまは非常に難しい時代になりました。
しかし、人間が生きていく上で決断は避けて通れないので、その決断を支える倫理を鍛えていかなければならない。そのためには、「人の生き方」からしか学ぶことはできないと思っています。
ただし、僕は偉人伝はどうかと思っていて、例えば野口英世の偉人伝を読んでも、「自分は野口英世ではないから、野口英世のような生き方はできない」と感じてしまう。ところがこの『5つの物語』は、偉人伝のように、こんな素晴らしい人生を生きた人がいるんだからあなたも頑張りなさい、と訴え掛ける本とは違うように感じました。
むしろ人間にとって根本的に大切なものを、言葉や語りの力で伝えてくれる。だから何度でも読みたくなるのだと思います。

今野 この本には、情だけでなく、論理だけでもなく、物事の本質や真理、そして倫理など大切なもの全部が書かれている気がします。

皆藤 そうですね。特にいまの若い人たちは倫理がものすごく嫌いで、「悪いことをしなければ、好き勝手に生きてもいい」と言うけれど、「おっとどっこい、そうではないよ」ということをどう伝えればよいのか、親も教師も皆悩んでいる。だからこの本を読むと、その手掛かりを感じられるのではないでしょうか。

今野 そのとおりですね。

京都大学大学院教授・臨床心理士

皆藤 章

かいとう・あきら

昭和32年福井県生まれ。52年京都大学工学部入学。京都大学教育学部転学部。61年京都大学大学院教育学研究科博士後期課程研究指導認定。大阪市立大学助教授、京都大学助教授などを経て、平成19年より京都大学大学院教育学研究科教授。文学博士。臨床心理士。

心の古層と繋がる

皆藤 ところで、今野さんは『5つの物語』を初めてお読みになった時、どんなことを感じられましたか。

今野 私は寝る前に本を読む習慣がありまして、常に何種類かを枕元に置いています。いつもは寝ながら読んでいるのですが、『5つの物語』を初めて手に取った時は、読んでいくうちにどんどん涙が出てきまして、これは寝ながら読む本ではないなと。それで途中から正座をして読むようにしました。
さらに読み進めていくと、いまこうして本のことを思い出すだけで胸が詰まるような感覚になるのですが、その時も悲しいわけでもなければ辛いわけでもなく、かといって同情でもない。真摯に生きる人の魂、それを波動と表現してよいかどうかは分かりませんが、それが伝わってきて私の身を正してくれる。そのことがただただありがたくて、涙が止まらなかったことを記憶しております。

皆藤 同じですね。僕も涙が止まりませんでした。
僕は学者としてはあまり本を読まないほうの人間なんですけれど、不思議なご縁があってある雑誌で心に響いた本を紹介するコーナーを6、7年続けさせていただいていましてね。毎月1冊は読まなければいけないので、何の本にするか毎回悩むのですが、ある時たまたまリビングのテーブルに『5つの物語』が置いてあったんですよ。
ふと手に取ってみると、この厚さだったら締め切りに十分間に合うだろうと思って読み始めたのですが、読み進めていくうちに、これはちょっとただならぬ本だなという思いがしてきました。そのうちに涙が止まらなくなって、この1冊の本そのものがまるで生身の人間のように僕に迫ってくる感じがしました。
僕は心理学というか心のことを長くやっているのですが、かつて教えられたことの中に、人類が誕生してから体験した様々なことが塵のように積もった「心の古層」というのがありましてね。

今野 心の古層、ですか。

皆藤 ええ。私たち人間は、日常生活において心の古層というものを意識して生きているわけではありませんが、何かそこに響かせる力がこの『5つの物語』にはあるのではないかと感じました。
この本の冒頭に出てくるイチロー選手にしても、他人なんですけど他人ではない。心の古層で繋がっている。いまの僕の人生とか命と繋がっている。こういった体験ができる本というのは、心理学の教科書にはありませんし、そもそも手にしたことがなかったので、何度でも読みたくなる。
それに語られている言葉一つひとつが、これまで出合った多くのクライアントの言葉や父母、祖父母の言葉と重なり合うんですよ。

今野 そうですね。

皆藤 例えば、僕がまだ小学生2年の頃、喧嘩して友達にボコボコにされて、悔しい思いをして帰ってくる。でも、父親から男子たる者泣いてはならぬという教育を受けてきたので、一所懸命涙を堪えているわけですよ。そうするとおばあちゃんが僕の頭を撫でながら、「なんぼ泣いてもあんたは私の孫やから、大好きやで」と言ってくれた、その時のシーンがパッと浮かんでくる。
他にも僕の人生の中で忘れることのできない、とても大切な瞬間を思い出させてくれたり、映し出してくれる鏡のような本だな、という感じを受けましたね。

今野 心の古層という普段私たちが意識していない部分が掘り起こされ、いまの自分と過去の自分の時間とが繋がっていく感覚。
いまのお話を伺っていて、ああ、自分ではうまく言い表せなかったことって、そういうことだったのかと思いながら聞かせていただきました。

アイテラス社長

今野華都子

こんの・かつこ

昭和28年宮城県生まれ。平成10年エステティックサロンを開業。16年第1回LPGインターナショナルコンテストフェイシャル部門にて日本最優秀グランプリ、また、世界百十か国の中で最優秀グランプリを受賞。タラサ志摩ホテル&リゾート、カルナフィットネス&スパの社長を歴任し、現在はアイテラス社長。著書に『運命をひらく小さな習慣』(共著・致知出版社)など。