2019年1月号
特集
国家百年の計
対談
  • (左)国土技術研究センター/国土政策研究所長大石久和
  • (右)京都大学教授/内閣官房参与藤井 聡

日本の未来は
国土強靭化こくどきょうじんかにあり

いま日本は確実に亡国の道を辿っている――。そう警鐘を鳴らすのが、国土技術研究センター国土政策研究所長の大石久和氏と、京都大学教授で内閣参与の藤井 聡氏である。ともにインフラ整備など国づくりの根幹を担う国土学の専門家であり、科学者であるお二人に、日本を待ち受ける恐るべき未来、そして日本を救うための国家百年の計を縦横に語っていただいた。

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経済成長なくして財政再建なし

大石 安倍政権はよく頑張っているとは思いますが、日本では経済成長の重要性があまりに軽く扱われていると私は思うんです。きょうの新聞を見ても、政府が防災・減災のために補正予算を組むことに対して「財政再建を危うくする」という書き方をしていますね。
この認識は二重の意味で間違っていて、一つには防災・減災のために政府がお金を使えば、それだけ経済が成長して、財政再建も進むんです。その積極財政が財政再建につながるという要素を、日本のメディアはまったく見ていません。
それから、「財政再建を危うくする」というのは、即ち「財政規律を守れ」という言い方に等しいわけです。そして財政規律のためには消費税を増税しなければならない、政府支出を抑えなればいけないというわけですが、両方とも国民からお金を収奪する、政府から国民へ渡るお金を減らす国民窮乏化、デフレ政策なんです。これでは財政再建が進むわけがない。

藤井 おっしゃる通りですね。

大石 そもそも、いま財政が厳しくなっているのは、消費税が低いとかいう問題ではなく、この20年、日本が全く経済成長できなかったからですよ。その反省が政治家にもメディアにも見られないことが大問題であって、どうすれば経済成長できるかにフォーカスした議論があらゆる分野で行われるべきなんです。にもかかわらず、先の国会で経済成長の議論はほとんどありませんでしたし、野党からも全く提起されませんでした。
もう一つ日本の大問題だと思うのは、経営者がすごい勢いで劣化していることです。人手が足りないからと、多くの経営者が外国人労働者をもっと入れろと主張し続けていますが、そのことによって引き起こされる様々な社会問題については全然考えてもいない。

藤井 見識を持った経営者が少なくなってきているんですね。

大石 しかも外国人労働者を入れる前に、経営者として取り組まなければならない設備投資や人材投資もやらず、社員にも十分な給料を支払わず、内部留保ばかり増やしていると。企業の内部留保はこの1年で40兆円も増えているんですよ。経営者が使うべきところに使わないから、経済も国民生活もよくなっていかないんです。

藤井 大石先生がおっしゃったように、いまの日本は経済成長を重視する姿勢が概して低く、財政再建は待ったなしという空気に支配されています。しかし、その状況の中でも、安倍総理は「経済成長なくして財政再建なし」ということを繰り返し言っておられる。
その点は非常に評価できますし、私も内閣官房参与として、安倍総理の方針を全力でお支えしていくことが使命であると考えています。

大石 確かに安倍総理は経済成長の重要さを分かっていますね。

藤井 とはいえ、中央省庁やメディアなど、国内の勢力を財政再建派(緊縮財政派)と経済成長派(積極財政派)に分けるとすると、財政再建派の力が圧倒的に強い状況にあるんです。ですから、安倍総理が積極財政の必要性を分かっているとしても、結果として、安倍政権自体は完全なる〝緊縮財政政権〟になってしまっています。このままでは消費税はさらに増税されるでしょうし、公共事業への政府支出も削られ、国土強靭化こくどきょうじんかも進まず、結果、経済成長しない状況が続き、日本の将来は危ういというのがいまの私の認識です。

国土技術研究センター/国土政策研究所長

大石久和

おおいし・ひさかず

昭和20年兵庫県生まれ。45年京都大学大学院工学研究科修士課程修了。建設省入省。平成11年同省道路局局長。14年国土交通省技監。一般社団法人全日本建設技術協会会長、京都大学大学院経営管理研究部特命教授などを兼務。公益財団法人土木学会第105代会長。専攻は国土学。著書に『「危機感のない日本」の危機』(海竜社)などがある。

緊縮財政によって凋落し続ける日本

大石 緊縮財政がどれだけ間違った政策であるか、それはもう現実のこととして証明されているんですね。「財政が厳しい」「無駄遣いが多い」などと言って、日本が緊縮財政を始めたのは20年ほど前ですが、以来、日本の経済規模はどんどん小さくなっています。
先ほども触れましたが、世界のほぼすべての国が経済成長しているにも拘らず、日本のみが1995年以降、20年間全く成長していません(図Ⅰ)。また、1995年に世界のGDP(国内総生産)シェアの約18%を占めていたのが、いまや6%を切っています。
税収も、1990年に約60兆円あったのが、いまは約59兆円。28年前の税収を下回っている国は日本以外ありませんよ。

【図Ⅰ】

藤井 しかも安倍政権が頑張ってようやく59兆円。それより前は約39兆円でしたからね。

大石 そうです、40兆円を切るまでに下がっていたわけです。
その間にアメリカは財政規模を3倍にし、それに連動するようにGDPも税収も約3倍になっています。韓国も約2.7倍に経済を大きくしている。最近、韓国が日本に対して上から目線、強気に出てきているのも、経済的に日本に追いつき始めたという自信がそうさせているのだと思います。
もしアメリカのようにGDPが伸びていたら、いま頃日本の税収は180兆円です。180兆円あれば、ノーベル医学生理学賞を受賞した本庶佑ほんじょたすく先生に「研究費が少ない」と怒られることもなく、基礎研究にどっかんどっかんお金を使ってもまだおつりがきますよ。

藤井 ええ、日本海側にリニア新幹線も通っているでしょうね。

大石 それで、経済学者などは財政再建のためには消費税の増税だとしきりに言うわけですが、消費税が日本の総税収に占める割合は既に約30%なんです。福祉国家のスウェーデンでも20%くらいしかありませんから、わが国は消費税に頼り過ぎています。
ご存じの通り、消費税は庶民に一番負担を強いる税です。「消費税を上げろ」と主張することは、「庶民からもっと収奪しろ」というのと同じなんです。加えて日本は消費税を上げながら法人税を下げてきましたので、庶民の富を企業に移してきたようなものです。
事実、この20年間で日本の世帯収入(二人以上)は下がり続けています(図Ⅱ)。1995年には世帯当たり660万円ほどの平均収入があったにも拘らず、2016年には、560万円ほどと、100万円も低下しています。さらに、高額所得者が減少して200万~400万円の低所得者層が大きく伸びているんです。日本人は確実に貧しくなっています。

【図Ⅱ】

藤井 緊縮財政によって明らかに日本人は貧困化していますね。

大石 それに伴って、様々な現象が起こっているんですが、特に女性が働きに出ないと家計が維持できない状況になっているのは非常に深刻です。1980年頃には600万世帯くらいだった共働き世帯が、いまや1,100万世帯を超えているわけですからね(図Ⅲ)。
働きたい女性が増えたからだという識者もいますが、そうじゃない。家計のために働かざるを得ない女性が増えたんです。これが少子化をどうにかしなければならない国で起こっている現象です。
要するに、日本ではこれまでの緊縮財政、あるいはそれと親和性の高い規制緩和や民営化といった新自由主義的経済政策がもはや破綻しているんです。国民がこれだけ貧困化しているんですから。いいかげんにその過ちに気づいて、積極財政に切り替えていかなければなりません。なぜ気づけないのか、不思議でしようがありません。

【図Ⅲ】

藤井 緊縮財政をして支出を削れば経済成長率が下がる、経済成長率が下がれば税収が下がる、税収が下がれば財政が悪化する。つまり「緊縮財政」の前提では、財政を改善しようとすればするほど財政が悪化するわけです。この緊縮財政の愚かしさは、少し考えれば誰でも分かるくらい明白です。
実際に消費税を増税すれば税収が下がってきた。1997年に当時の橋本政権が消費税を3%から5%に上げた時もそうでしたし、2014年の8%への増税でも、外需の影響を除けば確実に税収は下がっているんです。
それが分かっていながら、いまだに緊縮財政を続けるというのは理性のある国家とは到底思えませんね。緊縮財政派の影響力が強い限り日本の未来はありません。

京都大学教授/内閣官房参与

藤井 聡

ふじい・さとし

昭和43年奈良県生まれ。京都大学卒業、同大学院修了後、同大学助手、助教授、東京工業大学助教授、教授を経て、平成21年京都大学大学院教授。専門は国土政策、経済政策、防災政策などの公共政策論。24年より内閣官房参与。15年土木学会論文賞、19年文部科学大臣表彰・若手科学者賞、日本学術振興会賞など受賞多数。著書に『「10%消費税」が日本経済を破壊する︱今こそ真の「税と社会保障の一体改革」を』(晶文社)などがある。