2019年8月号
特集
後世に伝えたいこと
インタビュー①
  • 作家寮 美千子

心の扉を開く

70数年もの歴史を通じて、更生教育の伝統を育んできた奈良少年刑務所。寮 美千子さんは、そこに収監された少年たちを相手に、10年にわたり詩作の講師を務めてきた。塀の中でつぶさに見てきた少年たちの素顔は、それまでに抱いていた犯罪者のイメージとはかけ離れたものだったという。人生観をも一変させた忘れがたいエピソードを交え、いま自身を突き動かす思いをお話しいただいた。

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受刑者を相手に講師をしてほしい

——寮さんは、創作活動のかたわら、奈良少年刑務所で絵本や詩を活用した「物語の教室」をなさっていたそうですね。

そうなんです。あいにく平成29年に廃庁はいちょうになったんですけど、ご縁があってそれまで足かけ10年、刑務所にいる少年たちの講師を務めさせていただきました。

——どういうきっかけで始められたのですか。

私はもともと関東で創作活動をしていましたから、奈良少年刑務所のことは知りませんでした。けれども平成17年に泉鏡花いずみきょうか文学賞をいただいて、これで東京以外でも仕事ができると思って、高校の修学旅行で訪れてあこがれを抱いていた奈良に移住することにしたんです。
奈良って名所旧跡が多くて世界遺産の中に住んでいるようなものでしょう。だから毎日夢中になって見て回っている中で、明治の素晴らしい建築物があることを知って、その一つが奈良少年刑務所でした。
意外にも町の中心部に近い所にあるっていうから、早速自転車で見に行ってみたんですけど、坂を登っていくと、真っ青な空がパーッと広がって、赤レンガの立派な塀がドーンと見えてきたんです。奈良の古い街並みからいきなり西洋の街角にまぎれ込んだようで、もうビックリして。

——奈良少年刑務所は、素晴らしい建築物でもあったのですね。

中も見てみたいと思ったけど、もちろん入れませんよね(笑)。でもその2か月後に、刑務所を一般公開する矯正きょうせい展というのがあって、体育館に展示してあった受刑者の水彩画や詩を見たら、すごく繊細なんです。あれっ、私が抱いていた怖いイメージと違うぞと思いましてね。傍にいらっしゃった教官の方に自己紹介して、「私に何かお手伝いできることがあったら、おっしゃってくださいね」って言って帰ってきたんです。
そうしたら10か月後の平成19年7月に、講師をしてほしいって電話がかかってきたんです。要するに、強盗、殺人、レイプ、放火、覚醒剤などの犯罪に手を染めた子たちの前で話をしてほしいって。最初は正直、腰が引けました。でも、あまりにも熱心に頼まれるものだから、話だけでも聞いてみることにしたんです。

作家

寮 美千子

りょう・みちこ

東京都生まれ。外務省勤務、コピーライターを経て、昭和61年毎日童話新人賞受賞。平成17年『楽園の鳥』で泉鏡花文学賞受賞。翌年、古都に憧れ、首都圏より奈良に移住。絵本、詩、小説、自作朗読と幅広く活躍中。著書に『あふれでたのは やさしさだった』(西日本出版社)、編著に『空が青いから白をえらんだのです』(新潮文庫)、絵本に『奈良監獄物語』(小学館)などがある。