2020年5月号
特集
先達に学ぶ
インタビュー①
  • 能楽師、銕仙会代表理事観世流シテ方九世 観世銕之丞

能楽の道を歩み続けて
見えたこと

力強さと繊細さを兼ね備えた謡と演技で人々を魅了する能楽師・九世 観世銕之丞氏。江戸後期から続く銕之丞家の当主、演劇団体・銕仙会の棟梁として日本の能楽会を担ってきた銕之丞氏に、葛藤と悩みの日々だったという修業時代、活動の支えにしてきた世阿弥や先代の教え、そして、600年の歴史を有する能楽の素晴らしさについて熱く語っていただいた。

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【銕仙会】
江戸後期に観世流宗家から分家した、観世銕之丞家を中心とする演能団体。近年は故・観世寿夫を中心として広く舞台芸術の視野から能を見直し、地謡をはじめ、ワキ方、囃子方、狂言方のすべての役を大切にすることで密度の高い舞台を実現、高い評価を得ている。

能楽の素晴らしさを多くの方に伝えたい

——観世かんぜさんは日本を代表する能楽師の一人として国内外で広くご活躍です。2019年の秋には、作家の杉本博司さんによる新作舞踏劇「たかの井戸」に出演され、フランスのパリ・オペラ座の舞台にも立たれました。

「鷹の井戸」もそうですが、どんなに新しいものに取り組んだとしても、能楽というのは受け継がれてきた古典的な手法、様式から逸脱してしまえばもう能楽ではなくなってしまうんです。
ですから、今回のオペラ座の舞台でも、もちろんバレエダンサーと一緒に演じる、暗い照明の中で舞台に出ていかなくてはならないといった要素はありましたが、基本的には体の細かな動かし方、うたい方など、能舞台で普段やっていることと何ら変わらない。特別に異分野とコラボレーションをやったという感覚もないんですね。
むしろ、これまで自分が身につけてきた能楽の演技が海外の方に受け入れてもらえるのか、バレエのダンサーと組み合うことができるのかがとても不安で……。
「能楽? なんだこれは」と思われてしまえば、杉本さんに対しても、能楽の先輩たちに対しても、何とも申し訳ないという思いが強くありました。

ショパンの心臓が納められているポーランド・ワルシャワの聖十字架教会で行われた奉納公演「調律師~ショパンの能」(ヤドヴィガ・ロドヴィッチ原作)。観世氏は海外に能の魅力を伝える活動にも取り組んでいる ©銕仙会

——舞台が終わった瞬間、観客席から割れんばかりの拍手が起こったと聞いています。

観客の方も最初は「能楽師が出てきて、いったい何が始まるのだろう」という感じだったと思うんですよ。でもやはり、向こうの観客の方々、特にフランスの方々は、異文化に対してとても頭が柔らかい。能楽に対して日本人より敷居が低い、固定観念がないのかなという感じがしました。まぁ、それがどうしてなのか、詳しいことは分かりません(笑)。

——海外でのご活躍もさることながら、観世さんは能楽をテーマにしたマンガ『花よりも花のごとく』の監修にたずさわるなど、能楽の素晴らしさを日本の若い世代に伝える取り組みにも尽力されています。

日本人に能楽の素晴らしさをどう伝えていくか、それがいまの一番難しい問題なんです。とにかく表現が難しい、役者が何を言っているのか分からないからつまらない、そういうイメージで能楽はとらえられている。実際、お客様の多くがご高齢の方で、若い人の割合は少ない。ただ、よく考えてみると、例えば、早口のラップミュージックだって、何を言っているのか正確には分からないですよね? でも、何かかれるものがあるから人気があるわけです。
それと同じで、まずは能舞台に来てもらって、この独特の雰囲気に生で触れてもらって、「これはいったい何だろう」「何かあるんではないかな」と、何かを感じてもらうことが大切だと思うんです。能楽に限らず、他の伝統芸能でもスポーツでも、やはり現場の空気に触れ、体験しないことには分かってもらえない部分があります。

——確かに、何事でも自分で見たり聞いたり、体験しないとそのよさは本当には分かりませんね。

ですから私たちも、チケットの買い方やフェイスブックといったSNSを活用した宣伝の仕方など、能舞台に足を運んでもらうハードルを下げる努力をもっとしていかなくてはなりません。一方で、能楽の表現の敷居、ハードルは下げてはいけない。能楽の表現まで分かりやすくみ砕いてやろうとすれば、かえってつまらないものになってしまいますから。
これまで600年以上にわたって先達たちが伝承してきた、能楽の高度な表現、純度の高い表現をそのまま残しながら、いかに様々な世代の方に能舞台まで足を運んでもらえるか。この両輪をバランスよく展開していくことで、一人でも多くの人に能楽の素晴らしさを体験していただきたいですね。

能楽師、銕仙会代表理事観世流シテ方

九世 観世銕之丞

かんぜ・てつのじょう

昭和31年、八世観世銕之亟静雪(人間国宝)の長男として東京に生れる。本名は暁夫。伯父・観世寿夫、および父に師事。4歳で初舞台、8歳で「岩船」の初シテを舞う。平成14年、九世観世銕之丞を襲名。平成20年度(第65回)「日本芸術院賞」、23年「紫綬褒章」受章。重要無形文化財総合指定保持者。公益社団法人銕仙会代表理事。公益社団法人能楽協会理事長。能楽をテーマにしたマンガ『花よりも花の如く』(著者・成田美名子)監修。