2019年2月号
特集
気韻生動
対談
  • (左)大創産業会長矢野博丈
  • (右)セブン&アイ・ホールディングス名誉顧問鈴木敏文

不可能を可能に変える
経営哲学

全国2万店舗を超える日本最大のコンビニチェーン「セブン-イレブン」。100円ショップの先駆けであり、業界トップの規模を誇る「ザ・ダイソー」。それぞれの小売店をゼロから創り上げてきた経営者、それが鈴木敏文氏と矢野博丈氏である。猛反発を受けながらも、既存の常識や慣習を打破してきた鈴木氏と、夜逃げ1回・転職9回・火事1回というどん底から這い上がってきた矢野氏が語り合う「無から有を築いてきた挑戦の軌跡」「不可能を可能に変える経営哲学」とは――。

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中央大学の先輩と後輩

矢野 鈴木会長、お忙しいところありがとうございます。僕みたいな身分の違う格下の者と対談していただいて。僕はずっと鈴木会長と呼んできましたから、そのほうが落ち着くので、きょうも会長とお呼びしていいですか?

鈴木 いまは名誉顧問という肩書になっているけど、まぁなんでもいいですよ(笑)。ところで、矢野さんとは古い付き合いだから忘れちゃったけど、どういう出逢いだったんだろう?

矢野 いまから15年くらい前に、流通ジャーナリストの緒方知行先生から鈴木会長のことを聞きよったんです。

鈴木 ああ、そうか。

矢野 緒方先生は商業界の取締役編集局長を務めた後、独立されたんですよね。小売業をハード面ではなく心でとらえる方で、鈴木会長のことについて書いた本をたくさん出されましたね。

鈴木 そう。彼とは若い時から親しくしていましてね。私の仕事に興味を持って、いろいろ取材してくれた。じゃあ、そのご縁で矢野さんと知り合ったのかな。
何しろ矢野さんは人を愉快ゆかいにさせる性格ですから、魅力的な人物だなというのが第一印象でした。そうしたら、たまたま中央大学の後輩だと言うのでね。

矢野 同じ大学というのは嬉しいですよ。鈴木会長はもう雲の上の存在ですけど、その方が東大出身ではない。これは希望が持てます。

セブン&アイ・ホールディングス名誉顧問

鈴木敏文

すずき・としふみ

1932年長野県生まれ。1956年中央大学経済学部卒業後、東京出版販売(現・トーハン)に入社。1963年ヨーカ堂(現・イトーヨーカ堂)に転職。1973年セブン-イレブン・ジャパンを設立し、コンビニエンスストアを全国に広め、日本一の流通グループとして今日まで流通業界を牽引する。2003年イトーヨーカ堂及びセブン-イレブン・ジャパン会長兼CEO就任。同年、勲一等瑞宝章受章、中央大学名誉博士学位授与。2016年5月より現職。著書に『わがセブン秘録』(プレジデント社)など多数。

100円ショップ誕生秘話

鈴木 それにしても、100円ショップなんてよく考えたよなぁと感心します。

矢野 僕は何も自慢できることはないんですが、ただ1つだけ言えるのは、人とは違ったジャンルの商売をしたこと。みんなが食料品を集めて食料品店、本を集めて本屋さん、家電を集めて家電屋さんをつくるところ、私は100円というコインでお店をつくった。これは世界で初めてなんですね。他にめられることはありませんけど、そこだけは「どうだ!」と言える。

鈴木 最初に100円ショップって聞いた時は首をかしげたけど、1度店に入ってみたら、いろんな商品があって実に面白いなと。そのアイデアを思いついたことがすごい。

矢野 アイデアじゃないんですよ。もともとは80円から200円くらいまで小間物こまものがいっぱいあって、それに1個1個値段をつける暇がなくなっただけなんです。
というのも、創業当初は固定の店舗があったわけではなく、トラックに雑貨を積み込み、公民館や空き地で移動販売をしていました。ある時、お昼頃に着いたら、お客さんがたくさん待っておられましてね。トラックから商品を下ろしよったら、お客さんが勝手にそれを開けて、「これなんぼ?」「これなんぼ?」って言われるんですよ。私もいちいち伝票を見る間がないもんで、もう途中から「なんでも100円」って、ついつい言うてしもうたのが始まりなんです。
よくいろんな方から「先見せんけいめいがあったんですね」って言われるんですけど、戦略で始めたんじゃないんです。困って仕方なしに100円にしたのが実際のところです。

鈴木 いまは何店舗になったの?

矢野 国内が約3,300、海外が26か国で約2,000店舗あります。従業員は2万人、売上高は4,500億円になっています。

鈴木 普通のセンスじゃできないですよ。やっぱり100円ショップをつくったというのは、ある意味の天才だと思う。

矢野 いや、鈍才なんです、超がつくほど。頭が悪くて能力もない。だから、うちは経営計画をつくったことがないんですよ。そんなものはお客さんが買ってくださってできることなので、経営計画なんかつくる必要ないと。あと、企業理念も社是社訓もありません。
会社を大きくしたいと思ったことがないんです。もうけようなんて大それたことは考えない。売れればいいんだと。きょう1日、一所懸命頑張ろう。その1点でしたね。

大創産業会長

矢野博丈

やの・ひろたけ

1943年広島県生まれ。1966年中央大学理工学部卒業。学生結婚した妻の家業を継いだものの、3年足らずで倒産。その後、9回の転職を重ね、1972年雑貨の移動販売を行う矢野商店を夫婦で創業。1977年大創産業設立。1987年「100円SHOPダイソー」1号店が誕生する。1991年初の直営店を香川県高松市にオープン。1999年売上高 1,000億円を突破。2000年『企業家倶楽部』主催の「年間優秀企業家賞」を受賞。2018年売上高4,548億円で業界シェア56%の業界トップ企業である。2018年3月より現職。