2019年2月号
特集
気韻生動
対談
  • (左)社会福祉法人プロップ・ステーション理事長竹中ナミ
  • (右)理化学研究所網膜再生医療研究開発プロジェクト プロジェクトリーダー髙橋政代

使命感が運命を切り拓く

コンピュータなど最新の科学技術を活用した障碍者就労支援に20年以上にわたって奮闘してきたプロップ・ステーション理事長の竹中ナミ氏。現役の眼科医として目の悩みを抱える人々に向き合うとともに、iPS細胞を網膜に移植する手術を世界で初めて実現し、再生医療をリードする髙橋政代氏。世の中の医学や福祉の常識に挑み、道なき道を切り拓いてきたお2人が語り合う、その気韻生動の人生、そして幸せな社会を実現するヒント――。

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思いと志を同じくする2人

髙橋 きょうは対談ということですが、いつものように「ナミねえ」と呼ばせていただきます(笑)。

竹中 急に「竹中さん」って呼ばれてもね(笑)。私も「政代さん」でやらせてもらいます。
私たちが初めて出逢ったのは確か2016年、神戸市立医療センター中央市民病院の倫理委員会でしたよね。政代さんがiPS細胞を使った網膜の再生医療について発表しに来られて。

髙橋 ええ、そうでした。

竹中 その時、政代さんはいかにも研究者という感じで発表をされていたから、「ちょっと飲みに行きませんか?」とか言ってはいけない人なんだと思いました(笑)。

髙橋 それはそうです。緊張しますもの、倫理委員会の発表は。

竹中 その次に会ったのは……。

髙橋 ナミねえも知っている、福祉行政の関係者の方に、「ぜひ会わせたい人がいるから」と誘われて参加した飲み会の席ですね。その飲み会に行ったら、「あれ、あの髪の毛の人はどこかで会ったことがある。倫理委員会の時だ」と。それで「え、何なの? このかっこいいおばさまは」と驚いた(笑)。

竹中 それ嘘や、絶対(笑)。他の人にもまあ、この髪型だけはよく覚えてもらえるようですけど。
でも、その飲み会の場ですぐにお互い打ち解けたんですよね。
私は20年ほど前に社会福祉法人「プロップ・ステーション」を立ち上げ、コンピュータなど最新の科学技術を活用したチャレンジド(障がい者)の就労支援を続けてきて、政代さんはiPS細胞を使った網膜の再生医療、そして眼科医として視覚障がい者をサポートする取り組みをされてきた。
だから、私には政代さんと友達になりたい、人柄を知りたいという気持ちがすごくあったんです。

髙橋 私もナミねえと実際に話してみてびっくりしました。いまでこそ、ITを活用した障がい者の就労支援は広く知られてきていますが、ナミねえはそれを何十年も前から考えて実践してきたと。視覚障がい者の治療やサポートに携わる自分も、最終的なゴールとして、ナミねえと同じようなことをしたいなと思っていたんですね。

竹中 いや、後から詳しく話しますけど、それは私が考えたことではなく、当時からコンピュータを駆使して、何とか働いて自立しようとしていたチャレンジドの方々から教えてもらったんです。実は私はパソコン苦手なんですよ(笑)。

国立研究開発法人理化学研究所網膜再生医療研究開発プロジェクト プロジェクトリーダー、眼科医

髙橋政代

たかはし・まさよ

昭和36年大阪府生まれ。京都大学医学部卒業、京都大学医学部付属病院での勤務を経て、平成7年アメリカ・ソーク研究所に留学。帰国後、眼科医として患者と向き合いながら、京都大学医学部付属病院探索医療センター助教授、独立行政法人理化学研究所と所属を替え、最先端医療の研究に取り組む。

皆の力を合わせれば新しい社会をつくれる

竹中 ところで、政代さんが取り組んでいるiPS細胞を使った網膜の治療はいまどこまで進んでいるのですか。

髙橋 ここ最近の動きでは、2014年に患者さん本人のiPS細胞を使った治療に成功し、いまは他人のiPS細胞を使った治療に取り組んでいます。でも、それで実際の治療への道がすぐ開けるというわけでなく、まず他人のiPS細胞を使った治療で拒絶反応が起こらず、「安全です」ということを示した段階なんです。これからが本当の治療づくりになります。

竹中 これからが本番だと。

髙橋 ただ、iPS細胞を使った治療の研究は、いま現場の研究員がそれぞれのところできちんとやってくれていて、実は私はあんまり関わってはいないんですね。
じゃあ何をやっているかというと、神戸アイセンターで社会科学系の仕事に取り組んでいるんです。例えば、開発が進む自動運転車を、どうすれば視覚障がい者の方が特例的、優先的に使えるようになるか、そのためにどんな仕組みやルールをつくったらいいかといった研究を計画しています。
本来、従来の車を運転することができない視覚障がい者こそ、自動運転車の恩恵を1番に受けるべきだという思いがあるんですね。

竹中 本当にその通りですね。最近、プロップ・ステーションに仲間入りしてくれた若い子は、全盲で、脳性麻痺まひで、車椅子いすなんですが、英語が得意でしてね。パソコンや音声装置などをどんどん活用して、私の講演や記事を翻訳する仕事をしてくれているんです。
それで、いま彼と私は、車椅子の自動運転で彼がオフィスの中を自由に動けるようにすることを究極の目標にしているんですよ。

髙橋 ああ、自動運転で。

竹中 実際、アメリカでは自動運転の研究がすごく進んでいて、キャリーバッグが自動運転でお客さんを飛行機まで案内する技術が考えられているそうです。それは実際にその研究に取り組んでいるIBMの方の講演で聞きました。
で、私思うのよ。目の見えない人が自動車を発明していたら、絶対に事故の起こらない世の中になっているだろうなって。不安定な目に頼って運転する車をつくったから交通事故はなくならない。

髙橋 なるほど。その発想、考え方、私も使わせてもらいます。

竹中 だから、IBMの方と政代さんの研究、それに私たちのようなチャレンジドの支援をやっているチームが加わればもう最強で、全く新しい世の中がつくれるんじゃないかと思うんですよ。

社会福祉法人プロップ・ステーション理事長

竹中ナミ

たけなか・なみ

昭和23年兵庫県生まれ。神戸市立本山中学校卒業。24歳の時に重症心身障がい児の長女を授かったことで、障がい児医療・福祉などを独学。障がい者施設での介護などのボランティア活動を経て、平成3年就労支援活動「プロップ・ステーション」を創設。障がい者のパソコンの技術指導、在宅ワークなどのコーディネートを行う。11年エイボン女性年度教育賞、14年総務大臣賞受賞。著書に『ラッキーウーマン』(飛鳥新社)などがある。