2020年12月号
特集
苦難にまさる教師なし
インタビュー②
  • 一般社団法人「未完の贈り物」理事倉本美香

幸せは当たり前の中にある

目と鼻がない娘・千璃が教えてくれたこと

目と鼻がない、知的障碍や心疾患などの重複障碍を持って生まれてきた倉本千璃さん。定住するアメリカで千璃さんを出産した母親の美香さんは、重複障碍の娘と向き合う孤独な子育ての中で、一度は自殺を考えるほど悩み苦しんだという。その倉本さんにこれまでの苦難の道のりを交えながら、千璃さんに教えられた幸せのヒント、人間が生きることの尊さを語っていただいた。

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心と心で繋がっている

——目と鼻がない状態で生まれた千璃せりさんとの日々をつづった倉本さんのご著書を拝読し、とても胸を打たれました。

千璃は定住するニューヨークで出産したのですが、「両眼性無眼球症りょうがんせいむがんきゅうしょう」という両目のない状態で生まれてきたんですね。医師にはその医学的な原因は分からないと言われました。さらに鼻も未形成で、後の検査で知的障碍しょうがい心疾患しんしっかんがあることも分かったんです。
両眼性無眼球症は、約12万人に1人の割合で見られるそうですが、千璃のように他のいろいろな障碍も併せ持っているケースはそれこそ何100万分の1……、他に同じような例はないと思います。

——現在、千璃さんはどのような日常を送っているのですか。

千璃は来年(2020年)18歳になるんですけれど、9歳の時からニューヨーク州のアップステートにあるスペシャルスクールに入り、基本的にはそこで寮生活を送っています。ただ、ここ数か月は新型コロナウイルスの影響で自宅に連れて帰ることも、面会することもまったくできませんでした。ようやく最近、感染していないことを示す証明書があれば、1時間ほど面会できるようになってきたところです。

——千璃さんは、どのくらい周囲と意思疎通ができるのですか。

先生が決めたルールの下で、イエスかノーかのボタンを押したりして、少し感情を伝えられるような状態ですね。知的障碍がありますから、全くの他人と言葉でコミュニケーションが取れるかというと、答えはノーなんです。
ただ、私たち家族と接すると何となく甘えてくるというか、やっぱり千璃は分かってくれている、心と心でつながっているんじゃないかと感じます。千璃が表現するのは人間としての原点、好きとか嫌いとか、本当に純粋な喜怒哀楽だけなんです。憎しみといった余計な感情がない。それはいつも千璃から学んでいるところですね。

——倉本さんは千璃さんと向き合いながらも様々な仕事、事業にチャレンジしてこられましたね。

もともとは、アメリカに進出したい日系企業や日本人アーティストをサポートする仕事をずっとやっていたんですけど、特に最近は娘のことだけではなく、障碍のある方々、弱い立場にある子供たちを支援したり、情報発信する活動にも力を入れています。実際に2020年1月には、思いを同じくするメンバーと一般社団法人「未完の贈り物」を立ち上げました。
とにかくもっともっと自分にできること、伝えられることがあるんじゃないかという思いで、いろんなことに挑戦しているんです。

OFFICE BEAD INC. 主宰、一般社団法人「未完の贈り物」理事

倉本美香

くらもと・みか

昭和44年東京都生まれ。学習院大学卒。日本航空の国際線客室乗務員として活躍後、在米日本人の夫との結婚を機にニューヨークに移住。日系企業の米国展開、日本人シェフやアーティストの米国進出をトータルにサポートするビジネスコンサルティング会社「OFFICE BEAD INC.」を設立。2男2女の母。一般社団法人「未完の贈り物」理事。著書に『未完の贈り物』(産経新聞出版)『生まれてくれてありがとう』(小学館)などがある。