2025年8月号
特集
日用心法
インタビュー②
  • がん研究会有明病院腫瘍精神科部長清水 研

5,000人の
がん患者から
教えられたこと

いまや国民の2人に1人が罹患するといわれるがん。医療の進歩は著しいが、依然として恐ろしい病であることに変わりはないだろう。がん専門の精神科医として、これまで約5,000人のがん患者やその家族と向き合ってきたという清水研氏は、不安や絶望に沈む人々にどのように寄り添ってきたのだろうか。そして臨床を通じて掴んだ人生の心得とは──。

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    がん患者の心のケアに取り組み続けて

    ──清水さんは、がん専門の精神科医として、これまでたくさんの患者さんやそのご家族と向き合ってこられたそうですね。

    はい。がんと心を専門とする精神しゅよう医として、患者さんとそのご家族の心のケアに携わってきました。2003年、31歳の時に国立がんセンター(現・国立がん研究センター)の精神腫瘍科でこの仕事を始めて、いまはがん研究会有明病院で腫瘍精神科部長を務めています。毎年200人から250人の方と対話していますので、約5,000人の方々と向き合ってきたことになりますね。
    がんという病気は、強く死を意識させ、将来への見通しを根底から揺るがす性質があります。そういう「人生の困難」に直面された方々のお役に立ちたい一心でこの仕事に取り組んできました。

    ──大変デリケートなお仕事ですが、患者さんと向き合う際に、どんなことを心懸けておられますか。

    まずは、患者さんがいまどんなことで苦しんでいらっしゃるのか、心の奥の細かいひだまできちんと理解しようとすること。これが基本中の基本になりますね。
    例えば、がんが進行してつらいといっても、100人の患者さんがいれば100通りの辛さがあります。食べる楽しみを失うことが嫌だという人もいれば、幼い我が子を残してきたくない、仕事を辞めなければならないのが無念だ等々、いろんな葛藤かっとうがあるので、そこを丁寧に聞き出します。
    これには3つの効果がありましてね。まず、自分の気持ちを他人に分かってもらえること。それが心がやされる一番の基本原則なんです。
    2つ目は、言葉のキャッチボールをする中で、心の内に漠然と抱いていた悩みが明確化されます。
    3つ目は、感情を出せること。最近はポジティブ信仰が幅を利かせていて、ネガティブでいることはよくないことだと誤解されがちなんですけど、例えば泣くということは、耐えがたいことを受け入れるために必要なプロセスなんですよ。家族に心配をかけたくなくて、心の内を吐露とろできない方も結構いらっしゃるので、私のカウンセリングの場で抑圧していた感情を出せるのは、大きな意味があると考えています。

    ──感情は抑え込まずに出すことも大事だと。

    人間の主な感情は、喜び、不安、怒り、悲しみの4つだという学説があります。そして、喜びが教えてくれるのは、このままでいいんだよという感情。不安は、危機が迫っているのでそれに備えなさいという感情。怒りは、理不尽なことに立ち向かうための感情。そして悲しみは、心の傷をやす感情。それぞれに大切な働きがあるので、これらを無視して生きるのはとてもバランスが悪いし、ポジティブ一辺倒の人生というのは、ちょっと味気ない気もしますね。

    がん研究会有明病院腫瘍精神科部長

    清水 研

    しみず・けん

    昭和46年生まれ。金沢大学卒業後、内科研修、一般精神科研修を経て、平成15年より国立がんセンター東病院精神腫瘍科レジデント。以降一貫してがん医療に携わり、対話した患者・家族は約5000人に及ぶ。令和2年より現職。日本総合病院精神医学会専門医・指導医。日本精神神経学会専門医・指導医。著書に『もしも一年後、この世にいないとしたら』(文響社)『絶望をどう生きるか』(幻冬舎)『不安を味方にして生きる』(NHK出版)など。