2023年11月号
特集
幸福の条件
対談
  • 東京大学名誉教授小堀桂一郎
  • 杏林大学名誉教授田久保忠衛

幸福な国・日本を
いかに実現するか

世界は激しく揺れ動き、国政は混迷の度を深めている。我が国がこの厳しい試練を乗り越え、真に幸福な国家となるために成すべきことは何か。数々の論説を通じて日本の進むべき道を提言し続けてきた小堀桂一郎氏と田久保忠衛氏が語り合う、幸福な国・日本を実現する道。

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日本が直面する最悪の安全保障環境

小堀 きょうは『致知』さんからいただきました「幸福の条件」というテーマに沿って、日本国の幸福を実現する道を探ってまいりたいと思いますが、国内外の情勢は大変厳しいものがございますね。
世界ではアメリカの力がはなはだしく退潮して、対抗勢力としてのし上がってきた中国、ロシアと共に三極構造を成しております。中国、ロシアは覇権主義的な野心を露骨に表し始め、ロシアがウクライナへ侵攻し、同様なことを中国が台湾に対して行う可能性が高まっている。日本の安全保障環境はかつてないほど脅かされております。
ところが、日本国民はなぜか切迫した危機感を抱いていない。戦後78年続いた平和に慣れ切ってしまって、他国の脅威に対して極めて鈍感になっているのですね。いざとなったらアメリカが助けてくれると思い込んでいるのでしょうが、いまのアメリカはとても頼りになるとは思えません。

田久保 世界では既に崩壊した戦後レジーム(第二次世界大戦後に確立された世界秩序)を、日本はいまだに引きずっているわけです。
戦後の世界は米ソ冷戦構造が壊れた後、アメリカ一極体制になりました。その後、小堀先生がおっしゃるように中国などの中級国家がどんどん国力を高めてきてアメリカの相対的弱体化が始まり、さらにアメリカの絶対的弱体化が顕在化し始めた。日本はいま、核を持った3つの国家、すなわち中国、ロシア、北朝鮮に囲まれた世界最悪の安全保障環境に置かれています。にもかかわらずアメリカへの依存心を拭い切れず、まったく緊張感を持てずにいるのが現状だと思います。

小堀 ちなみにアメリカの国内では、主義の異なる国民同士がお互いの主張をぶつけ合い、社会の分断が進んで国の弱体化に拍車をかけております。アメリカのデモクラシーというのは元来こうした弱点を抱えていたのでしょうか。それともこれは近年新たにあらわになった破綻はたんなのでしょうか。

田久保 確かにアメリカの民主主義は悪い方向へ向かい始めています。民主主義には復元力があって、あまりにもひどい状態になると健全な状態に戻そうとする力が働き始めるものですが、アメリカにはまだその兆しが見えず、社会の分断がどんどん進んでいます。
アメリカの建国は1776年ですが、それ以前の1619年にオランダの商人によってバージニアのジェイムズタウンに初めて黒人が上陸した時を建国記念日として歴史を書き直せという声が高まってきたり、ヒスパニック系やアジア系など様々な立場の人が独自の主張を始めて社会が分裂し、貧富の差が広がるなど、国は急速に力を失いつつあります。G7でも、かつてはアメリカが強力なリーダーシップを発揮していましたが、いまではその影響力も薄れて指導者の一人に成り下がっていますね。
ですから日本は、ここでよほど緊張感を持って世界とたいしなければなりませんが、小堀先生がおっしゃるように、日本人からはほとんど危機感が感じられませんね。

2022年、20か国・地域首脳会議(G20サミット)に合わせインドネシアで会談した中国の習近平国家主席(左)とアメリカのバイデン大統領 ©AFP=時事

小堀 危機に鈍感になっていることがまさに危うい状況なのです。

田久保 最大の要因は先ほど申し上げた通りで、いまだに戦後体制を引きずり、アメリカから押し付けられた憲法を後生大事に抱え続けていることです。特に国軍をなくしたことで、日本人は国防をアメリカに依存し、自分の国を自分で守ろうとする気概を失ってしまいました。日本には自衛隊があるじゃないかといいますが、自衛隊は軍隊とは全く異なり、警察法体系によって動いている組織です。この世界最悪の安全保障環境の中で、果たして自衛隊のままでどこまで対応できるか。非常に問題だと私は思いますね。

東京大学名誉教授

小堀桂一郎

こぼり・けいいちろう

昭和8年東京生まれ。33年東京大学文学部独文学科卒業。36~38年旧西ドイツ・フランクフルト市ゲーテ大学に留学。43年東京大学大学院博士課程修了、文学博士。東京大学助教授、同教授、明星大学教授を歴任。現在は東京大学名誉教授。著書に『さらば東京裁判史観』(PHP研究所)『皇位の正統性について』(明成社)『歴史修正主義からの挑戰』(経営科学出版)など。

日本はいまだ属国状態

小堀 おっしゃる通りで、日本は自主憲法の制定が遅れに遅れていますが、この憲法を肯定的に捉えている人が多数である限り、日本は依然としてアメリカの属国でしかないと思うのです。
最近、エマニュエル駐日大使が、LGBT法案を巡って露骨な内政干渉を行い、また同性婚を肯定する裁判判決を受けて「日本は進化の過程にある」などと非礼極まる言葉をもてあそんでいますね。アメリカには日本が対米敗戦国であり、属国であるという意識がいまだに生きているのではないでしょうか。
これを跳ね返すには、やはり自主憲法を制定して、内政干渉を厳しく拒絶できるようになる必要があります。いまの状態を放置していては将来が危ういと思います。

田久保 おっしゃる通りです。この頃は一部のアメリカ人から、「日本は独立国なんだからさっさと憲法改正をすればいい」という声が聞かれるようになりましたが、かつてはアメリカ人の前でこの話題に触れることはタブーでした。
私はかつて文芸評論家の江藤淳さんと一緒にアメリカのウッドロー・ウィルソン国際学術研究所で研究活動をしていたことがありましてね。江藤さんは向こうでも大変知名度が高かったのですが、要人たちの前でアメリカが日本の占領下で行った検閲について中間発表を行ったら、会場の空気がさーっと凍りついたんですよ。後で駐日公使だったリチャード・フィンが、「江藤はなぜあんな過激な発表をしたのか!」と私の研究室に怒鳴り込んできたので、「私は彼を誇りに思う」と言って追い返しましたけれども、当時は江藤さんが発表されたような話をアメリカ人の前でするのはタブーだったんです。
同様に、日本にとって極めて重要な憲法や靖国神社、それから特に核の問題について言及すると、アメリカのリベラル派から一斉に叩かれてしまう。ここが戦後レジームから脱却できるかどうかの一番大きな関門だと思うんです。
先ほど申し上げたように、最近はアメリカからも、日本は憲法改正をすればいいという声が上がるようになりましたが、現実にこれを実行に移すのはなかなか難しい。しかし、そこを何とか克服して、憲法を自分たちの手でつくらないとどうにもならないところまで、日本は自らを追い込んできたのではないかと思いますね。

杏林大学名誉教授

田久保忠衛

たくぼ・ただえ

昭和8年千葉県生まれ。早稲田大学法学部卒業後、昭和31年時事通信社に入社。ハンブルク特派員、那覇支局長、ワシントン支局長、外信部長などを務める。平成4年から杏林大学社会科学部(現・総合政策学部)で教鞭を執り、22年より現職。国家基本問題研究所副理事長。日本会議会長。著書に『新しい日米同盟』(PHP新書)『激流世界を生きて』『憲法改正、最後のチャンスを逃すな!』(共に並木書房)など。