2023年10月号
特集
出逢いの人間学
対談
  • 日本産業推進機構副会長石田昭夫
  • 日本航空元会長補佐専務執行役員大田嘉仁

我が心の師、
稲盛和夫が
教えてくれたこと

京セラやKDDIを一代で世界的企業に育て上げたのみならず、不可能といわれた日本航空(JAL)の再建を3年弱で成し遂げた稀代の名経営者、稲盛和夫氏。惜しくも2022年8月に90歳で亡くなられたが、その教えはますます輝きを放ち、私たちの行く道を照らしてくれている。それぞれ50年と30年、稲盛氏の薫陶を受けてきた石田昭夫氏と大田嘉仁氏が語り合う実体験から掴んだ稲盛哲学の神髄、人生・仕事を発展させる極意──

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人間として何が正しいか

大田 いま現役の経営者で稲盛さんと一番お付き合いの長い方は、おそらく石田さんだろうと思うんです。ですから、きょうは稲盛さんについて、貴重なお話が伺えることを楽しみにしておりました。

石田 稲盛さんとのお付き合いは50年以上になりますが、稲盛さんについて語るというのは本当に難しいですね。なにせ、いろんなことがあり過ぎて……。

大田 私が京セラに入社したのは、創業19年目の1978年、稲盛さんが46歳の時です。1991年に稲盛さんの特命秘書に任命されたのですが、もうその頃から石田さんのお名前はよくお聞きしていました。実際にご一緒する機会も何度かありましたよね。

石田 ええ、稲盛さんに海外投資家をご紹介する席などで、大田さんともお会いしていましたね。

大田 当時、石田さんはメリルリンチ日本証券の副社長のお立場だったかと思います。稲盛さんが石田さんに海外事業に関するアドバイスをいろいろ聞いているということで、すごい人なんだなと。
その後、盛和塾などでよくお会いすることがあったんですけれども、初めて仕事でお付き合いがあったのは、2010年に経営破綻はたんした日本航空(JAL)を稲盛さんが再建する時でしたね。その時、私は80歳近くと高齢になっていた稲盛さんのサポート役を務めさせていただきましたが、石田さんには航空機の売却などの面でご支援をいただきました。

石田 JALの再建ではいろんなことがありましたけれども、一つ印象に残っているのは、破綻したJALが、それまで加盟していたアメリカン航空主導の航空連合「ワンワールド」から、資金を援助してくれるというだけでデルタ航空主導の「スカイチーム」に移ろうとしていたのを、稲盛さんがやめさせたことですね。
単にお金のためだけにワンワールドと共に積み立てたマイレージポイントをなくす、JALの永年のパトロンを裏切る、くらえするとは何事かと。破綻して大変な状況でも恩義を大切にする稲盛さんの姿勢を見て、本当に素晴らしいと思いました。

大田 損得ではなくて、「人間として何が正しいか」を基準に稲盛さんは判断されたわけです。再建に来てすぐにそれを実践しましたので、稲盛さんは哲学を持つ本物の経営者だと、JALの方々に相当なインパクトを与えた。これが経営再建のきっかけになった面もあると思います。

日本産業推進機構副会長

石田昭夫

いしだ・あきお

昭和17年東京都生まれ。ウッドベリー大学国際経営学部卒。平成13年メリルリンチ日本証券株式会社副会長。18年TPGキャピタル株式会社日本副会長。平成24年株式会社日本産業推進機構を設立し、副会長に就任。平成4年7月に稲盛和夫氏に学ぶ「盛和塾」に入塾、28年4月から30年3月まで盛和塾東京の筆頭代表世話人を務める。

学んだことを世の中に還元すべき

大田 3年弱で再上場を果たし、JAL再建が成功した後も、石田さんとはお付き合いは続いて、特に私が2018年に京セラを退職する時には、大変お世話になりましたね。
うなぎ屋さんでご馳走ちそうになりながら、「もう疲れたので、退職後はゆっくりしようと思います」とお伝えしたら、「まだ若いのに何を考えているんですか」「稲盛さんに学んだことを独り占めにせず、世の中に還元すべきだ」とおしかりを受けた(笑)。それでいろいろと頼まれていた仕事を引き受けることにし、さらに石田さんが副会長を務められている日本産業推進機構(NSSK)の特別顧問にも就かせていただきました。

石田 いや、稲盛さんの教え、JAL再建の経験は、大田さん個人の財産ではありませんからね。
実は私も30年メリルリンチ日本証券に勤めて、60歳になったら退職しようと思っていたんですよ。そんな折、アメリカから戻ってきた友人に一緒にファンドをやらないかと誘われましてね。設立準備をしていたのですが、ちょうどその時にアメリカのトップクラスのファンドから声が掛かり、そこで頑張ることにしたんです。
しかしアメリカ資本のファンドでいくら頑張っても、日本のためになる、日本経済を支えている中小企業を元気にする投資はできないとの思いが募りまして、2014年、一念発起して日本の中小企業支援に特化した投資ファンドをつくりました。それが大田さんに特別顧問に就いていただいた日本産業推進機構です。

大田 ああ、一念発起して。

石田 ですから、日本産業推進機構は、世のため、人のために役立つ事業をするという稲盛さんの教えに合致し、また、実践していく場であると思っているんです。

日本航空元会長補佐専務執行役員

大田嘉仁

おおた・よしひと

昭和29年鹿児島県生まれ。53年立命館大学卒業後、京セラ入社。平成2年米国ジョージ・ワシントン大学ビジネススクール修了(MBA取得)。秘書室長、取締役執行役員常務などを経て、22年日本航空会長補佐専務執行役員に就任(25年退任)。27年京セラコミュニケーションシステム代表取締役会長に就任。現職は、MTG取締役会長、学校法人立命館評議員、鴻池運輸取締役、新日本科学顧問、日本産業推進機構特別顧問など。著書に『JALの奇跡』(致知出版社)、『稲盛和夫 明日からすぐ役立つ15の言葉』(三笠書房)などがある。