2026年7月号
特集
続けてこそ道
一人称
  • 東京大学先端科学技術研究センターフェロー小泉英明

脳科学の
研究から見えてきた
子育ての要諦ようてい

世に子育てに関する本は数多あるが、何を指針にすればよいか迷う方もいらっしゃるのではないだろうか。日立製作所や東京大学先端科学技術研究センター等で、50年以上にわたり脳科学の研究を重ねてきた小泉英明氏に、子供の脳の発達段階に則した子育ての要諦を繙いていただいた。人間が幸せに生きるための本質とはいかなるものかを気づかせてくれる。

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    東京大学先端科学技術研究センターフェロー

    小泉英明

    こいずみ・ひであき

    昭和21年東京都生まれ。46年東京大学教養学部基礎科学科卒業、同年日立製作所計測器事業部入社。51年東京大学に論文を提出し、理学博士。基礎研究所所長、技師長などを経て、平成29年同社名誉フェロー。31年東京大学先端科学技術研究センターフェロー。世界初の微量元素の測定手法、国産初の超電導型MRI(磁気共鳴描画)装置を開発。さらに、fMRI(機能的磁気共鳴描画)装置や光トポグラフィ法によって、脳科学と教育、科学と倫理の問題にまで研究対象を広げてきた。日本工学アカデミー顧問。著書に『アインシュタインの逆オメガ 脳の進化から教育を考える』(文藝春秋)など。

    人間の脳は進化し続けている

    人間の脳は38億年前の太古から現在に至るまでずっと進化し続けている──これは脳科学者として50年以上にわたり研究を重ねて辿たどり着いた一つの結論です。私は研究をする際、誰かが書いた論文や本を読んで分かったつもりになるのではなく、第一次情報を追っていくこと、自分がその場で体験すること、つまり「本物に触れる」ことを大切にしてきました。いまのような生成AIの時代は、様々な情報や人の意見を簡単に取れてしまう一方、知らないうちにフェイク(偽物)が紛れ込む可能性も十分あります。

    ですから、私はこの進化の話についても、一つひとつ自分で実物を手に入れ、実際に触って調べてきました。自宅の一室にはロシアやオーストラリア、モロッコなどの古い地層から発掘された岩石や化石があふれ返っていますが、そのようにさかのぼって突き詰めたことで、38億年前までの岩石や化石を入手することができ、生命の進化の過程に迫っていったわけです。

    19世紀のドイツの動物学者エルンスト・ヘッケルが「反復説」(1866年)で提唱しているように、ヒトの胎児は魚類のような形態に始まり、両生類、ちゅう類、原始にゅう類、類人猿と発達を経て生まれてきます。つまり、38億年の生命の進化の過程が十月十日とつきとおかに凝縮していると言って過言ではありません。これは非常に興味深いことではないでしょうか。

    また、人間の脳はどこかで突然変異したのではなく、太古の昔から長い時間をかけて少しずつ変わっていき、内側から外側へと進化してきました。例えば、脳幹と呼ばれる中心部は、心臓のコントロールなど生命維持に直結する機能を担っており、いわば野生動物の時代より引き継いできた本能的・本質的な機能が含まれています。そこから外側へと進化し、最後に形成されたのが大脳新皮質です。この部分が人間特有の高度な情報処理や言語、論理的思考といった機能をつかさどります。

    現生人類(ホモサピエンス)が誕生し、ネアンデルタールと交配したりしながら現代人に近い形態になったのは約1万年前のこと。38億年の中の1万年というのはごくわずかです。人間の脳は悠久の時を経て徐々に進化してきたことを知ってもらいたいと思います。