2025年3月号
特集
功の成るは成るの日に
成るに非ず
一人称
  • 女子栄養大学副学長香川靖雄

健康長寿の道は
一日にしてならず

生化学や栄養学の研究を通じて健康長寿の秘訣を探るのみならず、その成果を自ら実践し証明してきた女子栄養大学副学長の香川靖雄氏、93歳。いまなお現役で働き続ける氏に、これまでの歩みを交えつつ、人生百年時代を溌溂として生き切る生活習慣、〝精神の栄養学〟についてお話しいただいた。

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93歳生涯現役の秘訣

長年、生化学や栄養学を研究してきた私は今年(2025年)6月で93歳を迎えますが、いまも現役で女子栄養大学(埼玉県)の副学長を務め、週に2、3回、栃木県の自宅から電車を乗り継ぎ片道2時間、往復4時間かけて通勤しています。

私の生活習慣を簡単にご紹介しますと、毎朝6時頃に起床、十分間体操をしてから朝食をり、大学へ行く日は、家族の車で最寄り駅まで送ってもらいます。朝食は図1の4つの食品群をバランスよく摂ることを心掛けています。

出勤日の昼食はなるべく学食で摂るようにし、魚中心のA定食をよく選びます。というのは、多くの日本人は、健康に必須の脂肪酸であり魚介類に多く含まれるDHA(ドコサヘキサエン酸)が遺伝子的に不足しがちだからです。

理想的な摂取量は1日100グラムですが、それくらいの魚介類を毎日食べることで、特に認知症のリスクを大幅に低下させることができることが分かっています。にもかかわらず、日本人の魚介類の摂取量は年々減少し、近年では50グラムほどになり、90年代と比べて半分に減ってしまいました。

そして昼食後は、大学の研究室のソファで、1時間ほど昼寝をしてから午後の仕事に臨みます。

帰宅はその日によって異なりますが、基本的には夜11時半頃には眠るようにしていますので、昼寝の時間を合わせると、1日の睡眠時間は7時間半くらいです。

OECDの調査(令和3年)によれば、日本人の平均睡眠時間は7時間22分で、世界平均の8時間20八分と比べて短く、OECD諸国の中では最短です。睡眠不足はうつ病や認知症のリスクにつながることが分かっていますから、日本人はもっと睡眠の大切さを認識する必要があるでしょう。

運動に関しては、いまも続けているのはダンベルです。自宅や大学で、時間のある時に3~5キロのダンベルを両手に持って上げ下げするのです。3階の研究室にも階段で上り下りをしています。

こうした生活習慣の積み重ねにより、93歳のいまも現役で働けているのだと思います。「論より証拠」で、令和六年のCT画像では脳梗塞こうそくや脳血管の異常は見られず、コレステロール値などもすべて正常値を保っていました。

現在の日本では、男女の平均寿命がそれぞれ81.5歳(男)、87.09歳(女)で、90歳以上の方は273万人。総人口に占める高齢者の割合は、2023年に29.1%と過去最高となりました。これは世界でも最高です。しかし、「日常に制限がない期間」である「健康寿命」は、平均寿命よりも10歳ほど低く、長生きをしても認知症や要介護になる人が多いのが現実なのです。

日本の高度経済成長期を担ってきただんかいの世代が、これからいよいよ80歳代に入ります。その多くが認知症や要介護になれば、日本は医療・介護難民であふれ、財政的にもつぶれてしまうでしょう。

ですから、私は80歳、90歳になっても元気に生活し、働ける高齢者の方が1割でも2割でも増えてほしいと切に願い、研究はもちろん、書籍の出版や講演活動に取り組んでいるのです。これからご紹介する私の研究や実践が、少しでも皆様の健康、幸福な人生の実現の参考になれば幸いです。

女子栄養大学副学長

香川靖雄

かがわ・やすお

昭和7年東京生まれ。東京大学医学部医学科卒業後、聖路加国際病院、東京大学医学部助手、信州大学医学教授、米国コーネル大学客員教授、自治医科大学教授、女子栄養大学大学院教授を歴任。現在、自治医科大学名誉教授、女子栄養大学副学長。平成8年紫綬褒章、18年瑞宝中綬章受章。『老化と生活習慣』(岩波書店)『香川靖雄教授のやさしい栄養学』『92歳、栄養学者。ただの長生きではありません!』(共に女子栄養大学出版部)など著書多数。