2017年6月号
特集
寧静致知
一人称
  • 郷学研修所 安岡正篤記念館副理事長兼所長荒井 桂

『資治通鑑』の
名言・卓論に学ぶ
人物学

北宋時代の中国に生きた司馬 光は、18年の歳月をかけて1,000年にも及ぶ歴史書を編纂した。これが『資治通鑑』である。「至誠の権化」とも称された司馬 光が本書に盛り込んだ味わい深い代表的な名言・卓論を、安岡教学の研究者もある荒井 桂氏に紐解いていただく。そこから見えてくるのは、人として生きる上での大切原理原則である。

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司馬光が人生を懸けた歴史書『資治通鑑』

東洋には「帝範臣軌」の学という伝統的な学問があります。その字の如く皇帝となる者が模範とし、臣下となる者が則るべき道という意味で、いまでいう帝王学、宰相学がこれに当たります。

碩学・安岡正篤先生は、歴史と古典を研究して、人の上に立つ者に必要な活きた人物学、実践的人間学(安岡教学)を確立してこられました。その安岡先生は若き日の名著『王陽明研究』の新序の中で、それまでの和漢洋の古典遍歴を回顧されつつ、その末尾でこのように述べられています。

「特に、歴史的社会的に脊骨ができたやうに思へたのは史記と資治通鑑を読破したことであった」

この一文から安岡先生がリーダーのための「活きた人物学」「実践的人間学」の根底に司馬遷の『史記』と司馬光の『資治通鑑』という二大歴史書を置かれていたことが分かります。ここでご紹介する『資治通鑑』はいわば安岡教学のバックボーンともいえる書物なのです。

ところで、中国の歴史書の記述方式には2つのパターンがあります。紀元前の『史記』に始まり、『漢書』『後漢書』を経て17世紀の『明史』に至る「二十四史」は公認の「正史」とされるものですが、その著述方式は「紀伝体」と呼ばれます。帝王の治績や国家の歴史をまとめた「本紀」と、偉大な人物や事物、民族などについて述べた「列伝」からなるのがこの紀伝体です。

一方、人物などにスポットを当てる紀伝体と異なり、歴史を年代順に時間の経過に沿って記述する方式を「編年体」といいます。この編年体を代表する歴史書が『資治通鑑』です。『資治通鑑』は和綴じで294巻からなる大著で、その一番の特徴は戦国時代の初め(紀元前403年)から五代の末(959年)にわたる実に1,362年間を網羅した編年史である点にあるのです。

北宋時代を生きた司馬光(1019~1086)は48歳で編纂に着手し、66歳まで18年の歳月をかけて同書を完成させました。後に「臣の精力、この書に尽くせり」と述懐していますが、司馬光がいかに『資治通鑑』に心血を注いだかが、この短い言葉から窺い知ることができます。

郷学研修所 安岡正篤記念館副理事長兼所長

荒井 桂

あらい・かつら

昭和10年埼玉県生まれ。東京教育大学文学部卒業(東洋史学専攻)。以来40年間、埼玉県で高校教育、教育行政に従事。平成5年から10年まで埼玉県教育長。在任中、国の教育課程審議会委員並びに経済審議会特別委員等を歴任。16年6月以来現職。安岡教学を次世代に伝える活動に従事。著書に『山鹿素行「中朝事実」を読む』『「小學」を読む』『安岡教学の淵源』『安岡正篤「光明蔵」を読む』『大人のための「論語」入門(伊與田覺氏との共著)』(いずれも致知出版社)など。