2019年2月号
特集
気韻生動
インタビュー③
  • 農口尚彦研究所、杜氏農口尚彦

最高の味を求め続けて

酒造りの神様、その飽くなき挑戦

「酒造りの神様」「伝説の杜氏」と称される濃口尚彦氏、86歳。16歳で修業に入り、この道一筋70年になる現代の名工だ。全国新酒鑑評会で連続12回を含め、計27回の金賞受賞歴を誇り、その味を求めるファンは後を絶たない。濃口氏はいかにして腕を磨き高めてきたのか。酒造りを通じて掴んだ成功の法則とは何か。いまも飽くなき挑戦を続ける活力の源泉を交えつつ、語っていただいた。

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技術と精神を次世代に伝承する

——日本を代表する杜氏とうじとして知られる農口のぐちさんが若手育成のために現役復帰され、石川県小松市に新しい酒蔵さかぐらを構えられたと伺い、楽しみにやってまいりました。

私は2015年に82歳でいったん杜氏を辞めたんです。ただ、じっと家に居てもけてしまう、けてしまう。仕事をしていた時は寝ても覚めても酒造りのことで頭がいっぱいだったのに、それがなくなった途端とたん、とにかく寂しくなってね。やっぱり健康なうちは働いて、しかも人に迷惑をかけずに、1年でも長く生きられれば幸せじゃないかと。
もう1つは、ファンの方が「元気ならうまい酒を造って飲ませてほしい」と言ってくれるんでね。人の役に立てるなら、お客さんに喜んでもらえるものを造れるなら、もう1度頑張ってみようという気になったんです。それで2年間のブランクを経て、2017年11月に完成した「農口尚彦研究所」というここの酒蔵で新たな挑戦をスタートしました。

——多数の応募の中から、7名の若手を採用されたそうですね。

30代が3名、20代が4名いまして、皆が夢と情熱、希望に燃えて一所懸命やっています。私のようなうまい酒が造れる職人になりたいと明確な目標を持っていますから、何もこわがらずにどんどん向かってくる。
そういう彼ら彼女らの夢を育てたい、私の持っている技術を1人でも多くの心ある人に伝えていきたいという気持ちでいっぱいです。

——昨シーズンはその7名の若手と共に、初めての酒造りに挑まれたわけですが、いかがでしたか?

私は空気中の乳酸菌などを利用して酒造りをやるんですが、蔵が新しくて菌がほとんどいないんです。その中で自分のカラーを出していかなきゃならん。しかも酒ができる前から予約を取って、それが何と2,000万円にもなっちゃった。うまいかまずいか分からんのに(笑)。

——期待の大きさの表れですね。

ですから、いままでにないプレッシャーと緊張感を抱きながらの日々でしたけど、長年つちかってきた技術をフルに活用して工夫を重ね、どうにかお客さんに喜んでいただけたので、本当によかったなと思っています。酒造りというのは、やればやるほど奥が深く、難しい。それがいまの実感です。

農口尚彦研究所、杜氏

農口尚彦

のぐち・なおひこ

昭和7年石川県生まれ。22年松波新制中学校卒業。24年山中正吉商店で修業を始める。その後、西井酒造、大村屋酒造での勤務を経て、36年菊姫合資会社の杜氏となる。平成9年同社を定年退職。10年鹿野酒造の杜氏として再出発する。18年現代の名工に認定。20年黄綬褒章を受章。25年農口酒造の杜氏となり、27年に一時引退。29年より現職。