2026年11月号
特集
夢なき者に
成功なし
対談
  • カーネギーメロン大学創始者記念全学教授金出武雄
  • 日本科学未来館館長浅川智恵子

前人未到の
地平を拓ひらく

不可能を可能にする生き方

ここに、人々を驚かせ、世界に貢献する技術を開発してきた2人の科学者がいる。幼き日にものづくりに目覚め、数々の発明でロボット工学の世界的権威となった金出武雄氏。失明という境遇を発想の源として、移動や情報における視覚障碍者の不自由を解消へと近づけてきた浅川智恵子さん。互いに啓発し合う師弟である両人の考え方・生き方に、夢を現実にする秘訣を探る。

    この記事は約26分でお読みいただけます

    カーネギーメロン大学創始者記念全学教授

    金出武雄

    かなで・たけお

    昭和20年兵庫県生まれ。京都大学工学部電子工学科、同大学大学院博士課程修了。同大学助教授を経て55年カーネギーメロン大学に招聘される。平成4~13年同大学ロボティクス研究所所長。米国国家研究評議会航空エンジニアリング委員会委員、NASA先端技術諮問委員などを歴任。アメリカ工学アカデミー特別会員。26年京都賞、令和元年文化功労者ほか受賞多数。著書に『独創はひらめかない』(日本経済新聞出版)がある。

    日本科学未来館館長

    浅川智恵子

    あさかわ・ちえこ

    大阪府出身。11歳の時の事故が原因で14歳で失明。昭和60年日本IBM東京基礎研究所に入社。平成16年東京大学工学系研究科先端学際工学専攻にて博士(工学)取得。21年IBMフェロー。25年紫綬褒章受章。26年米カーネギーメロン大学IBM特別功労教授を兼務。令和元年全米発明家殿堂入り。3年4月日本科学未来館館長就任。8年4月より慶應義塾大学理工学研究科特任教授。著書に『見えないから、気づく』(ハヤカワ新書)がある。

    対談は9月初旬、東京・お台場の日本科学未来館で行われた。冒頭、浅川さんが研究開発を進め、金出氏が支援してきた視覚障しょう碍がい者の移動を助ける「AIスーツケース」を金出氏が体験した。

    大阪万博で実証されたAIスーツケースの力

    浅川 きょうは関西からお越しいただき、ありがとうございます。ちょうどよい機会だったので早速、AIスーツケースを体験していただきました。

    金出 目を瞑つむった状態で、きちんと館内の目的地まで連れていってもらいました。前に実物を見せてもらったけれど、初めて実際に使ってみて、着実に進歩しているな、というのが一番の感想です。
    取っ手を握って、行きたい場所を伝えると、センサーが周囲の人通りや障害物を知覚して進んでくれ、前に人がいたり、段差があると知らせてくれる。感心しました。

    浅川 ありがとうございます。
    開発を始めてもう10年になります。アメリカのカーネギーメロン大学(CMU)の客員教授だった頃、学生たちと最初の試作品をつくりました。形が縦に長い分、フラフラして、安定させるにも苦労しました。本当によちよち歩きの赤ちゃんからの出発でしたね。

    金出 去年(2025年)の大阪万博でも注目されていましたね。

    浅川 半年間、夏の暑い中もほぼ毎日運用しました。会場の東門から2キロメートル以上、使用者をきちんとナビゲーションして走破できたんです。ただ、会場が混み過ぎていて、停止してしまう場面があったことが悔やまれますが、楽しかったです。
    万博では「浅川さん!」って声をかけてくださる方もいました。私はお顔が分からないので「すみません、お会いしたことありますか」とお聞きしたら、「テレビで観ました。AIスーツケースが普及したら、すごく便利になりますね!」と。嬉しかったです。新しい技術を社会に実装するためには、皆さんの理解が必要ですから。その第一歩として、非常に意義の大きい半年間でした。

    金出 さっき一緒に歩いてみて、これは非常に奥が深いと感じましたね。人間は単に障害物や段差の有無といった三次元の判断だけではなく、より高次元の、どこをどういうふうに歩きたい、こう行きたいという意図を持って歩いているわけです。自分が目の見えない人と歩く時、一心同体になって相手の気持ちを考えないと、本当の助けにはならない。
    そういう人間の感覚を、AIスーツケースというロボットとどう共有していくか。これは一つの道具の研究ではない、ロボットと人間の共存という非常に大きな研究だと認識を改めました。

    日本科学未来館内のブースに向かって AIスーツケースで歩行する金出氏

    衝撃的な出逢いを果たして

    浅川 アメリカにいらした金出先生との出逢いは2007年、私が勤めていた日本IBMでご講演いただいた時でした。ご著書『素人のように考え、玄人として実行する』の題名そのまま、ロボット工学の世界的な権威でいらっしゃるのに、全まったく肩かた肘ひじ張られていない。「発想は単純、素直、自由、簡単でなければならない」という言葉にすごく勇気づけられました。ああ、それは私も得意だって。
    ただし、その発想を実行するには、専門性や技術力が欠かせない。その2つのバランスが重要だと。ここにまた感動したんですね。

    金出 どうもありがとう。

    浅川 当日は遠くで拝聴していて、お話しできずに終わりました。
    2年後、国際会議で先生のいるピッツバーグに行くことになって、これはチャンスと、突然メールをしました(笑)。そこで初めてご挨拶でき、2010年に私どもが伊豆で開催した「第1回天城アクセシビリティ・CEOセミナー」でゲスト講演をしていただきました。覚えていらっしゃいますか。

    金出 はい。浅川さんとの出逢いは「邂かい逅こう」と呼ぶに相応ふさわしいものでした。普段の講演では前の人よりいい話をしてやるぞと意気込むんだけれど、あの日は先に登壇した浅川さんの講演を聞いて、柄になく足が重くなりました(笑)。
    浅川さんは失明を機に、様々な壁に直面しながら、周りの協力を得て世の中に役立つ技術を形にしてこられた。僕は学生に「研究は一人ではできない」と言っています。社会に新しい技術を実装するには人を巻き込む力が必要不可欠なんです。浅川さんの講演を聞いていると「俺だったらこうする」「こういう形で協力したい」と、思わず考えさせてしまう力がある。人を自然に惹ひき込めるストーリーテラー、それが第一印象です。

    浅川 それは恐縮です。

    金出 僕の隣で聞いていた某有名企業のCEOが言ったことをまざまざと思い出します。
    「いやあ、どっちが障碍者なんでしょうかね」
    浅川さんを見ていると、我々のほうが制約に囚とらわれているのではないか、と思わされる。さすが、言い得て妙だと思いました。

    浅川 あれから、何かと相談に乗ってくださり、本当に感謝しています。先生は人生の恩師です。