2022年3月号
特集
渋沢栄一に学ぶ人間学
対談
  • シブサワ・アンド・カンパニー代表(左)渋澤 健
  • 清水建設会長(右)宮本洋一

渋沢栄一に学ぶ
リーダーの条件

渋沢栄一が創業や経営に関与した会社は実に約500社に上るという。ゼネコン大手の清水建設もその一社である。かつて先代の急逝で存亡の機に瀕した際、渋沢栄一を相談役として迎え、以後、道徳と経済の合一を旨とする「論語と算盤」の考え方を基に、事業発展を遂げてきた。清水建設会長の宮本洋一氏と渋沢栄一の玄孫である渋澤 健氏が語り合う、清水建設と渋沢栄一の交流の足跡、そこから見えてくる渋沢栄一の教えの真髄、いま私たちが学ぶべきこと——。

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言葉という財産をたくさん残してくれた

宮本 きょうは渋澤健さんと渋沢栄一をテーマにお話しできることを楽しみにしていました。

渋澤 こちらのほうこそ、このような貴重な機会をいただけてとても嬉しく思います。
宮本会長とは渋沢栄一記念財団の理事としてご一緒させていただいたのが、最初の出逢いでしたね。もう10年ほど前でしょうか。

宮本 ええ。僕が理事に入った時には、既に渋澤健さんはどちらかというと理事長に近いほうの席に座っておられて、いろいろと教えていただきました。

渋澤 いやいや、恐れ多いです。

宮本 僕自身が『論語と算盤そろばん』や渋沢栄一の事績に触れるようになったのは、当社に入社してからのことですが、『論語』そのものを読んだのは中学生の時でした。漢文の授業がわりと好きだったので、『論語』に対して抵抗がまったくなく、言葉がスッと入ってきたんですね。

渋澤 私は宮本会長と対照的で、渋沢栄一との「出逢い」というのは実は40歳になってからです。
ご承知の通り、栄一と千代ちよの間に篤二とくじという長男がいて、篤二には3人の子供がいます。その末弟の智雄ともおが私の祖父に当たります。ですから当然、自分のお祖父さんのお祖父さんが渋沢栄一だということは、幼少期から分かっていました。ただ、父親の仕事の都合で小学校2年生から大学までアメリカで育ちまして、帰国後も外資系金融機関にずっと勤めていましたので、渋沢栄一の世界とは距離のあるところで暮らしていました。

宮本 渋沢栄一の子孫だと意識することもさほどなかったのですか。

渋澤 はい。けれども、2001年に独立して会社を立ち上げたことをきっかけに、渋沢栄一のいろいろな言葉と出会ったんです。
その時に感じたのは、言葉というのは財産だなと。減ることもなければ相続税もかからない(笑)。
素晴らしい財産をたくさん残してくれていたことに気づきました。私の日本での最高学歴は小学校2年生ですから、最初はかなり苦労しながら読んだ記憶があります。漢文は読めないですし、『論語と算盤』を「ろんごと・さんばん・」と言っていたくらいですから(笑)。
だけど読み続けていくうちに、言葉の一つひとつが過去のものではなく、いまの時代にも十分当てはまるものだと心に響いてくるようになりました。

清水建設会長

宮本洋一

みやもと・よういち

昭和22年東京都生まれ。46年東京大学工学部卒業後、清水建設入社。平成15年執行役員、17年常務執行役員、18年専務執行役員を経て、19年社長就任。28年会長就任。公益財団法人渋沢栄一記念財団理事を務める。

一滴一滴のしずくが集まって大河になる

渋澤 リーマン・ショックとか3・11とか、時代が大きく動く転換期に渋沢栄一への関心が高まっているように感じていて、令和が始まったこの時代に再びスポットライトが当てられるのは、偶然のようで必然なのかもしれません。

宮本 NHKの大河ドラマ『青天を衝け』、僕はあれを毎回楽しく見ていました。もちろん脚色されている部分もあると思うんですけど、改めて感じるのは渋沢栄一の生き方がいまの時代に合っているなと。 渋沢栄一は合本がっぽん主義と言っていますが、いわゆる資本重視だけじゃない目線というのは、SDGsエスディージーズ(持続可能な開発目標)とかESG投資(環境・社会・企業統治に配慮している企業を重視・選別して行う投資)が世界的に注目されている現在の動きに符合しています。
そういう意味で、ドラマもお札の刷新も、素晴らしいタイミングだと思っています。私たち一人ひとりが渋沢栄一の考え方に学んでいけば、きっと世の中はよくなっていくでしょうね。

渋澤 宮本会長がおっしゃっていた合本主義、これをいまから約150年前に渋沢栄一が日本に導入したのは、社会の変化に対応するためではなく、よりよい社会をつくり変革するためだったのではないかと思っています。
合本主義とは一部の人たちのメリット、利益のために存在しているのではありません。渋沢栄一は合本主義のことを一滴一滴のしずくが大河になる、と表現していました。ですからそれは金銭的な資本のみならず、一人ひとりの思いや行い、その一滴一滴のしずくが集まって大河になれば、新しい時代を切り開くことができる。これぞ渋沢栄一がイメージしていた、まさに大河ドラマだと思うんです。
現在の資本主義には、環境破壊とか格差拡大とか、様々な課題がありますよね。そこで岸田総理は「新しい資本主義」という政策を掲げて、新しい資本主義実現会議を立ち上げられました。私も民間有識者メンバーとしてその会議に参加しているんですけど、これから目指すべきところは、金銭的な資本の向上だけにとどまらず、一人ひとりの思いや行い、つまり人的資本の向上だと思うんです。
先日、清水建設さんの長期ビジョン(SHIMZ VISION 2030)を拝見しましたら、事業構造や技術のイノベーションと共に、「人財のイノベーション」を明示されていますが、やはりいま求められるのはそこですよね。

宮本 渋澤健さんには岸田総理をはじめ新しい資本主義実現会議のメンバーに、ぜひ渋沢栄一の考え方を伝えていただきたいですね。期待しています。

シブサワ・アンド・カンパニー代表

渋澤 健

しぶさわ・けん

昭和36年神奈川県生まれ。44年父親の転勤で渡米。テキサス大学卒業後、UCLAでMBA取得。JPモルガン、ゴールドマン・サックスなどでの勤務を経て、平成13年シブサワ・アンド・カンパニーを創業。20年コモンズ投信を設立。渋沢栄一の玄孫。著書に『渋沢栄一 人生を創る言葉50』(致知出版社)など多数。