2023年10月号
特集
出逢いの人間学
対談
  • 侍ジャパントップチーム前監督栗山英樹
  • 臨済宗円覚寺派管長横田南嶺

世界の頂点を
いかに掴んだか

今年(2023年)3月に開催されたWBC(ワールドベースボールクラシック)で、3大会ぶり3度目となる世界一に輝いた侍ジャパン。
その快挙は日本中に歓喜の渦を巻き起こし、勇気と感動を与えてくれた。
チームを率いた名将・栗山英樹監督が予てお会いしたかったという横田南嶺氏と共に、悲願達成までの舞台裏を振り返りつつ、その最大の勝因、今大会を通して得た学び、さらにはいかなる出逢いによって自己を磨いてきたか、指導者としての哲学を縦横に語り合っていただいた。野球と禅――異色の組み合わせながら、そこに通底する人間学談義に興味は尽きない。

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「憧れるのをやめましょう」

栗山 きょうはお会いできることをすごく楽しみにしていました。

横田 暑い中、えんがくまでご足労いただき恐縮です。やはりテレビで見た人に会うのは感動ですね。

栗山 とんでもないです。僕のほうこそ、管長のことは『致知』の誌面や円覚寺のYouTubeなどでいつも見ています。

横田 それにしても、世界の栗山監督とただのお坊さんですから、究極の「ちょうちんつりがね」対談だなぁと(笑)。きょうは生涯の思い出といいますか、致知出版社とのご縁がなければ到底出逢うことはなかっただろうと思います。
私は野球に関してはまったくの素人なんですけど、対談に備えて栗山監督の本を読んだりWBCの試合映像を見たり、いろいろ勉強しましたら学ぶことが実に多い。

栗山 余計な時間を取らせてしまって、本当にすみません。致知出版社から刊行されている管長の本はほとんど読ませていただいて、ぜひ直接お会いして質問したいことがあったものですから、ご無理を聞き入れてくださって、ありがとうございます。

横田 何をおっしゃいますやら。まず忘れないうちにご報告したいことがあるんです。今年の5月に東京の学士会館で「一休フォーラム」が行われましてね。一休禅師研究の第一人者の方に講演をしてもらったのですが、その方が最後にこうおっしゃいました。「皆さん、あこがれるのをやめましょう。一休に憧れているようでは、一休は超えられません」と。
驚きましたよ。大谷翔平しょうへい選手の言葉が、野球と全く縁もゆかりもないような禅の世界にも影響を与えている。これはすごいことだなと思いました。

栗山 いや、そうですか。翔平に伝えさせていただきます(笑)。

横田 「憧れるのをやめましょう。憧れてしまっては超えられないので、僕らはきょうトップになるために来たので。きょう一日だけは彼らへの憧れを捨てて、勝つことだけ考えていきましょう」。これは歴史に残るくらいの名言じゃないかと思いますよ。

栗山 実は、試合前の円陣で誰が話すかというのはあらかじめ決まっていなくて、コーチが急に指名するんです。その中でパッと言ったので、僕らも選手たちも、すごくインパクトがありました。正直、アメリカとの決勝戦の直前練習の時に、そういう空気があったんですよ。誰もが知っているスター選手たちを目の前に「写真撮って」とか。

横田 その空気を察知して、ああいう発言をされたわけですか。

栗山 翔平はどうしても勝ちたがっていましたね。その思いがあの言葉に表れていましたし、チームに与えた影響も大きかったです。

侍ジャパントップチーム前監督

栗山英樹

くりやま・ひでき

昭和36年東京都生まれ。59年東京学芸大学卒業後、ヤクルトスワローズに入団。平成元年ゴールデン・グラブ賞受賞。翌年現役を引退し野球解説者として活動。16年白鷗大学助教授に就任。24年から北海道日本ハムファイターズ監督を務め、同年チームをリーグ優勝に導き、28年には日本一に導く。同年正力松太郎賞などを受賞。令和3年侍ジャパントップチーム監督に就任。5年3月第5回WBC優勝、3大会ぶり3度目の世界一に導く。同年5月監督退任。著書に『栗山ノート』『栗山ノート2』(共に光文社)など多数。

大谷翔平選手に見る 「浩然の気」

横田 決勝戦の最後がトラウト選手との直接対決。あの場面をご覧になっている時の監督は、これで抑えてくれるとじんも疑いがなかったわけですか?

栗山 監督の仕事っていうのは、最悪の状況でも負けないようにすることです。3対2と1点リードで迎えた9回表、翔平をマウンドに上げた時、野手も2人交代して守備固めに入りました。
「もし同点にされていたらどうしたんですか」って、後で周りからも言われたんですけど、僕があそこでほんの一ミリでも同点になるとか負ける可能性を頭に描くと、その通りになってしまうと思ったんですよ。翔平の覚悟も感じていたので、あのさいはいは絶対にこのイニングで終わらせるというメッセージでもありました。

横田 両者ともメジャーリーグを代表する選手ですから、おそらく技術の差はほとんどないと思うんです。でも、監督もお読みになっている『もう』に、「こうぜんの気」という言葉が出てきますね。これは大河がとうとうと流れていくような、この上なく強く大きく真っ直ぐな気のこと。大谷選手の浩然の気が相手バッターを圧倒していったんじゃないかと感じました。
それから、準決勝のメキシコ戦で9回裏に劇的な逆転勝利を呼んだのも、先頭で彼がヒットを打ち、ヘルメットを投げ捨てて全力疾走し、二塁まで到達してベンチに向かって叫びましたよね。あれで気の流れが変わって、こちらに引き寄せたと思うんです。

栗山 普通の選手はああいう追い込まれた状況に直面すると、プラスとマイナスのイメージがどちらも頭の中に浮かぶはずです。ただ、翔平の場合、「もしダメだったら」というマイナス思考が浮かんでいるようには見えない。プラスになるんだって100%信じて行動する。
ちょっと無理かなと思うようなことを僕らが要求すると、彼はすごく嬉しそうな顔をしてやってくれます。要するに、自分ができないと思われることにチャレンジすると、達成できてもできなくても自分のレベルが引き上がる、能力が高まるということを知っているんじゃないでしょうか。

横田 決してマイナスにはとらえないわけですね。

栗山 はい。「ええ?」って否定的な態度を取ることは全くありません。「面白そうですね。行っちゃいますか!」みたいな雰囲気をいつも出しています。

横田 いやぁ反省ですね。私なんか致知出版社からこの対談の依頼が来た時、最初は「できません、できません……」って(笑)。

栗山 気を遣わせてしまって本当にすみませんでした(笑)。

横田 それと、準決勝のメキシコ戦で逆転サヨナラヒットを打った村上宗隆むねたか選手、それまで4打数ノーヒットじゃないですか。この時も打てないかもしれないとは微塵も思わないわけですか?

栗山 ノーアウト一、二塁でしたから、もちろん代打を出して送りバントをするという選択肢も並べました。最終的には、この考えがいいのか悪いのか分からないんですけど、もし仮に得点できなかったとしても、僕らもファンの皆さんも、どう負けたら納得するのかっていうことが頭にありました。
その時に、昨シーズン三冠王を獲得し、ジャパンの4番に指名した村上に懸けようと。彼を最後まで信じ切ることが1番だと思えたので、村上に「おまえが決めろ」というメッセージを込めて打席に送り出しました。まぁ本当によく打ってくれたなと思います。

横田 信じている思いは相手にも伝わるんでしょうね。私としてはあれが一番の感動シーンでした。

臨済宗円覚寺派管長

横田南嶺

よこた・なんれい

昭和39年和歌山県新宮市生まれ。62年筑波大学卒業。在学中に出家得度し、卒業と同時に京都建仁寺僧堂で修行。平成3年円覚寺僧堂で修行。11年円覚寺僧堂師家。22年臨済宗円覚寺派管長に就任。29年12月花園大学総長に就任。著書に『禅の名僧に学ぶ生き方の知恵』『人生を照らす禅の言葉』『禅が教える人生の大道』『命ある限り歩き続ける』(五木寛之氏との共著)『十牛図に学ぶ』『臨済録に学ぶ』(いずれも致知出版社)など多数。