2022年8月号
特集
覚悟を決める
  • 中村学園大学客員教授占部賢志

文士 小林秀雄を語る

本誌で「風の便り」を連載中の占部賢志氏が、文芸評論家・小林秀雄の謦咳に接したのは昭和48年、学生の頃だった。以来、半世紀、占部氏は小林秀雄に惹かれ、その思想を探究し続けてきた。今般、弊社から上梓された『文士 小林秀雄』はその結実ともいうべき一書である。氏にとって小林秀雄はどのような存在であり、新著にはどのような思いを込められたのか。

この記事は約11分でお読みいただけます

新著『文士  小林秀雄』に込めた思い

この度、致知出版社より『文士ぶんし 小林秀雄』をじょうしました。本書は、多くの小林秀雄論が避けてきた日本の思想に関する論考を主たるテーマとして、いろいろな面からアプローチしたものです。

小林さん自身が長編評論『もとおりのりなが』を出版された時、こんなことを回想されたことがあります。─―およそ10年ほど雑誌に書き続けたが、その連載中は誰も話題にしてくれる者はいなかった。まったく孤独のなかでの仕事だった、と。

なぜ文壇や論壇から黙殺されたかと言えば、あんなこくすい主義の学者を扱うなんて、小林もついに国粋主義者になったかと思われたからです。

そんな予断から読まないために、実際は硬直した国粋主義者ではない、心豊かな宣長像が描かれていることに気づかないのです。しかし、私にはそんな予断や偏見はありませんでしたから、連載中から拾い読みをしていました。

ドグマやイデオロギーを捨てないと、小林さんの思想の深部には辿たどりつけません、本書はそこに挑んだ試作品であり、その点で多少類書と一線を画するユニークさがあると自負しているところです。

もう一つ宣伝しておくと、私も体験した小林さんと学生との圧巻あっかんの質疑応答や、数学者・岡きよしとの対話『人間の建設』の楽屋裏の逸話なども収録しています。

る質疑応答の場面で学生が「どんな理想を持てばよいか」と質問したところ、小林さんは「そんなことは人に聞くことか。君の理想に火をつけるのは君自身だろ。理想は君が発明したまえ」と言下げんかに応じられたのです。

このりにうかがわれるように、小林さんという人は、若者にただ優しいだけでもなければ、冷たくあしらうのでもない。実に本物の教師でもあったと思います。

読者には、そうした小林さんも知ってほしいので、本書に取り上げました。これも今まであまり言及されることのなかった小林さんの一面です。

中村学園大学客員教授

占部賢志

うらべ・けんし

昭和25年福岡県生まれ。九州大学大学院博士課程修了。高校教諭を経て現職。他に、NPO法人アジア太平洋こども会議・イン福岡の客員講師などを務める。著書に『歴史のいのち』『教育は国家百年の大計』(いずれもモラロジー研究所)『語り継ぎたい美しい日本人の物語』。最新刊に『文士小林秀雄』(いずれも致知出版社)。