2022年10月号
特集
生き方の法則
対談
  • 宇宙飛行士(左)野口聡一
  • 京都大学iPS細胞研究所名誉所長(右)山中伸弥
iPS×宇宙

人類はどこに向かおうと
しているのか

最先端の仕事に挑む2人の科学者が目指す未来

iPS細胞と宇宙開発——共に人類の知恵と夢が詰まった、未来を開く重要な鍵である。それぞれの分野で道を切り拓き、世界が注目する業績を上げてきた山中伸弥氏と野口聡一氏。折しも今年(2022)、山中氏は12年務めた京都大学iPS細胞研究所所長を退任し、野口氏は3度の宇宙飛行を経てJAXAを退職し、新たな挑戦と創造のスタートラインに立った。私たちは何のために生き、何のために働くのか。そして、人類はどこに向かおうとしているのか。最先端の仕事に挑む2人の科学者が語り合う〝体験的人生論&仕事論〟に生き方の法則を学ぶ(本対談は7月下旬、当初は京都大学iPS細胞研究所で行われる予定だったが、新型コロナウイルスの感染急拡大に伴い、やむを得ずオンライン開催となった)。

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世界をリードする100人に選ばれた機縁

野口 きょうは直接お伺いできなくて残念ですけれども、山中先生と対談させていただくことを大変楽しみにしておりました。

山中 こちらこそ二度目の対面を心待ちにしていました。実は私の後ろの壁に、野口さんからいただいたサイン入りの額を飾っているんです。最近は在宅勤務が多いんですが、いつもこの額を見ながら仕事をしています。

野口 ありがとうございます。

山中 その時はわざわざ野口さんが京都までお越しくださり、1時間ほど楽しくお話しさせていただきました。あれは確か……。

野口 昨年(2021)12月です。もともとはいまから2年前、アルバート・アインシュタイン財団が主催している「Genius: 100Visions of the Future」(天才たち:未来をえる100のビジョン)といって、世界をリードする100人を表彰する中に私が選ばれ、過去に表彰されていた山中先生からご祝辞を頂戴ちょうだいしたのがご縁の始まりでしたね。ちょうど3回目の宇宙飛行の最中だったので、宇宙と地上をネットでつないで表彰式が行われたんです。
その御礼をかねてご挨拶に伺ったわけですけれども、山中先生はすごくオーラがありますし、それと同時に気さくなお人柄の持ち主でもいらっしゃる。そして研究所全体にオープンマインドな空気感があって、安心して研究に関わっていける環境をつくられており、さすがだなと感銘を受けました。

京都大学iPS細胞研究所名誉所長

山中伸弥

やまなか・しんや

昭和37年大阪府生まれ。62年神戸大学医学部卒業後、整形外科医を経て研究の道へ。平成5年大阪市立大学大学院医学研究科修了。アメリカのグラッドストーン研究所に留学後、大阪市立大学医学部助手、奈良先端科学技術大学院大学遺伝子教育研究センター助教授及び教授、京都大学再生医科学研究所教授などを歴任。18年にマウスの皮膚細胞から、19年にヒトの皮膚細胞からそれぞれ世界で初めてiPS細胞の作製を発表。22年京都大学iPS細胞研究所所長。24年ノーベル生理学・医学賞受賞。令和2年(公財)京都大学iPS細胞研究財団理事長。4年4月京都大学iPS細胞研究所名誉所長に就任。著書に『挑戦常識のブレーキをはずせ』(藤井聡太氏との共著/講談社)など。

研究者としての原点に立ち返る

野口 その後、先生は今年(2022)の3月末で所長を退任され、残りの数年間を管理職ではなく一研究者としての活動にささげると決断された。これは同世代の私にとってすごく刺激になりました。

山中 恐れ入ります。私は2010年に京都大学iPS細胞研究所が設立されて以来、12年にわたり所長を務めてきました。この12年間は、地道な基礎研究によって生み出されたiPS細胞をどう医療に応用するか、ゴールがはっきりした研究開発でした。
ただ、私の研究者としての原点はそういう応用研究ではなくて、ゴールが全然分からない、何が起こるか分からないけれども、回り回って医学の進歩に繋がるという基礎研究の魅力に取りかれたところにあります。このまま管理職を務めるのも可能性としてはあったんですが、素晴らしい研究者が育ち、組織として方向性がはっきりしてきましたし、研究に対する寄付活動を至る所でアピールしてきて、一般の方々が寄付していただく流れもできてきた。
これはもう次の人にバトンタッチしても大丈夫というか、むしろバトンタッチしたほうがマンネリにならなくていいという思いもあって、もう一度初心に戻って基礎研究に打ち込もうと決めたんです。

野口 原点に立ち返ろうと。

山中 基礎研究というのは毎日何が起こるか分からない。一方で、応用研究はゴールがはっきりしていて、そのゴールにいかに確実に早く辿たどり着くか。だから、あまり予想外なことが起こるとよろしくないんです。ところが、基礎研究は予想外なことが起これば起こるほど、その状況を楽しめる。そこが基礎研究の素晴らしいところで、毎日楽しんで仕事をしています。

野口 現場の第一線に戻られて、イキイキされている感じがすごく伝わってきます。それにしても、iPS細胞の研究にたずさわって20年以上経ついまも、まだハプニングが起こったり予想もしないような結果が出たりするんですか?

山中 ああ、もうまだまだたくさんあると思います。教科書はどんどん分厚くなっているんですけれども、そこに書かれている内容が実は間違っているということが山ほどありますから。まさにいま私たちは、皆がたぶんこうだろうと思っている常識を打ち破りたい、本当はそうじゃないかもしれないということを解明すべく、一所懸命に取り組んでいます。

野口 そこが基礎研究の面白さなのでしょうね。私はもともと工学部出身のエンジニアで、工学の世界ではいかに形にするか、応用するか、効率を求めるところがあります。そういう意味では対照的というか、山中先生のお話を伺っていて、基礎研究はフロンティアが広がっている世界だと感じました。

山中 私は京大に移る前、奈良先端大に5年ほど在籍していたんですが、そこで驚いたのは、まさにいま野口さんが言われたように、工学部出身の人と理学部出身の人では、同じ生命科学の分野だとしても全然考え方が違うなと。
工学部だと人の役に立つのか、役に立ってなんぼというのが前提としてあります。逆に理学部の人に接すると、真実を明らかにするのが僕らの仕事であって、役に立つとか特許とか、そんなぞくっぽいことを言っていたら研究はできないと。そういう感じで時にけんしながら仲良く飲み会をしていたのをいま思い出しました(笑)。ただ、これはどちらも大切ですよね。

野口 よく分かります。本当にその通りだと思います。

宇宙飛行士

野口聡一

のぐち・そういち

昭和40年神奈川県生まれ。平成3年東京大学大学院工学系研究科航空学専攻修士課程修了後、石川島播磨重工業(現・IHI)入社。8年宇宙飛行士候補者に選抜され、NASDA(現・JAXA)入社。17年スペースシャトル「ディスカバリー号」で国際宇宙ステーションに滞在、3度の船外活動をリーダーとして行う。21年ソユーズ宇宙船に船長補佐として搭乗。令和2年日本人で初めてアメリカ民間企業スペースX社の宇宙船に搭乗。約5か月半の滞在中、4度目の船外活動や日本実験棟「きぼう」で様々なミッションを実施。3年東京大学先端科学技術研究センター特任教授。4年5月合同会社未来圏設立、代表就任。同年6月JAXA退職。著書に『野口聡一の全仕事術』(世界文化社)など。