2018年10月号
特集
人生の法則
  • 慶應義塾大学大学院教授前野隆司
21世紀の幸福学が教える

幸せの法則

人間はどうすれば本当の幸せ、争いのない幸福な社会を実現することができるのか——。古来あらゆる哲学者や宗教家、心理学者などが挑んできたこの問いに、一つの明確な答えを出した人がいる。脳科学・ロボット学者で、科学の立場から幸福について研究を続けてきた前野隆司氏である。前野氏が導き出した誰もが幸せになれる法則、幸せな社会の創り方とは。

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物は豊かになったのに日本人は幸せになっていない

日本は小さな島国で、資源もない。だから、科学技術の力で新しい物を創り、工業の力で国を繁栄させなければならない。物が豊かになれば、国も豊かになる――。
 
子供の頃からそのような話をよく聞かされていた私は、「自分がこの日本を豊かにするんだ!」と理想に燃え、将来はエンジニアとして生きていこうと決めました。
 
そうして民間企業ではカメラのモーター、大学ではロボットの研究開発に携わりました。自分が開発したモーターが入ったカメラが世界中で愛用されているのを見ると、技術者としてこれ以上嬉しいことはありませんでした。技術者冥利みょうりに尽きるというものです。
 
しかし、ある時、科学技術は本当に人々を幸せにしているのだろうかという疑問が湧いてきたのです。というのは、生活の満足度についてアンケートを取った結果を見ると、日本の実質GDPは50年で約6倍になっているにもかかわらず、生活の満足度は横ばいになっていたからです。物はどんどん豊かになってきたのに、日本人の生活への満足度、つまり幸せ度は、1950年代と最近とでほとんど変わっていなかったのです。
いくらよいカメラやロボットをつくっても、人々の幸せに貢献していないとしたら、自分はエンジニアとして何をしてきたのか。足元をすくわれた思いがしました。
 
そこで私は、人間の幸せをしっかりと考えた製品やサービスの設計をしていく必要性を痛感し、そのために人間の心、幸せを感じるメカニズムを明らかにする研究に移っていったのです。慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科で幸福について本格的に研究を始めたのは、2008年、46歳の時でした。

慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科委員長・教授

前野隆司

まえの・たかし

昭和37年山口県生まれ。東京工業大学卒、同大学院修士課程修了。キヤノン勤務、カリフォルニア大学バークレー校客員研究員、ハーバード大学客員教授、慶應義塾大学理工学部教授などを経て、現在、慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科委員長・教授。『幸せのメカニズム 実践・幸福学入門』(講談社現代新書)『幸福学×経営学』(中外出版社)など著書多数。