2018年10月号
特集
人生の法則
対談
  • (左)演出家宮本亜門
  • (右)建築家安藤忠雄

絶えざる挑戦に生きる

日本はもとより、世界を舞台に活躍し続ける二人のアーティストがいる。建築家・安藤忠雄氏と演出家・宮本亜門氏。お互いに運命的な出逢いに導かれ、数々の逆境や試練を乗り越えて、一道を切り開いてきた。笑いあり、感動あり、学びありの人生談義には、いかに生きるべきかという法則が詰まっている。

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建築への譲れないこだわり

安藤 私は直感的な人間で、この方はあかんなと思う人はお断りするようにしているんですが(笑)、昨年国立新美術館で開催した「安藤忠雄展 挑戦」に来ていただいて少しお話をした時に、宮本さんは非常にスマートで面白い人だなと。もちろん前から宮本さんの顔も仕事も知っていましたが、出会った瞬間、「いいな」「気が合うな」と思いました。

宮本 展覧会のトークイベントに誘っていただき、それからお手紙も頂戴し、話したいことがあるとすぐ電話もくれる。その行動力には脱帽です(笑)。
僕もいろいろと、香川県の直島なおしまをはじめ各地にある安藤さんの作品を拝見したり、本も読んでましたので、お会いした時に、想像通りの〝遊んでる目〟をした、何か楽しいことをたくらんでいるような方だったんで、嬉しくなってしまいました。
実を言いますと、僕は建物が大好きで、もし来世生きることができるならば、建築家になりたいと思ってるくらいなんです(笑)。

安藤 お、いいですね(笑)。

宮本 だから、安藤さんは何を考えて創造するかに大変興味がある。ずっと前ですが、青山にあるジムに通った時、コンクリートなどのデザインが素敵で、中にいると、
単に汗を流す場所ではなく、むしろ心も清められる瞑想めいそう空間のような感覚もあって驚いたんです。
で、これは誰が建てたんだろうと興味を持って、受付の人に聞いたら安藤さんの作品でした。先鋭的な空間なのに、まるでお寺の中にいるような安堵感があって。
安藤 私が設計する住まいは、だいたい評判悪いんです。例えば、若い頃に手掛けた「住吉の長屋」は、狭い住宅の真ん中に中庭があるので、雨が降ったら傘を差してトイレに行く(笑)。「なんでこんなところに中庭があるの? 不便じゃないか」とよく言われます。
しかし、人の生活は快適さとか便利さだけ追求すればいいのかと。中庭があることで光や風といった自然を感じることも大切じゃないんですかと。使いにくいとか寒いとかいうこ
とを乗り越えてこそ、住む人たちにとって身体と空間が一体になると思うんです。

宮本 建築を通じて人の心や生き方や考え方を変えていくことができる。そういう目に見えないものを大切にされてるのが、安藤さんの建築の壮大さだと思ってます。
僕も舞台を通じて人の心に響く、人の心を動かす作品をどう創り上げるかという演出の仕事をしているだけに、とても勉強になります。

建築家

安藤忠雄

あんどう・ただお

1941年大阪府生まれ。独学で建築を学び、69年安藤忠雄建築研究所を設立。代表作に「光の教会」「ピューリッツァー美術館」「地中美術館」などがある。79年「住吉の長屋」で日本建築学会賞、93年日本芸術院賞、95年プリツカー賞、2003年文化功労者、05年国際建築家連合ゴールドメダル、10年文化勲章、13年フランス芸術文化勲章、15年イタリア共和国功労勲章、16年イサム・ノグチ賞など受賞多数。イェール、コロンビア、ハーバード各大学の客員教授を歴任。1997年から東京大学教授。現在、名誉教授。著書に『私の履歴書 仕事をつくる』(日本経済新聞出版社)など。

よりよいアイデアを生み出す条件

安藤 建築という自分の職業を深めていくには、広く物事を知ることが必要です。昨日もファッションデザイナーの三宅一生いっせいさんと食事をしました。全然違う分野の人たちとも交流したり、芝居や映画でもこれは面白いなと思うものは真剣に見る。心を動かされるその瞬間が大事ですし、そういう機会に積極的に参加したいと思っています。

宮本 心動かされる瞬間をつくるには、一瞬一瞬を精いっぱい生きないとできませんよね。

安藤 いま人生100年の時代で随分と長生きになりましたから、楽しく生きることを考えないと。私たちは芝居とか映画とか音楽から生きる力をもらうわけですが、この生きる力をもらう時間というのは大事だと思うんです。そういう面で、宮本さんの仕事は素晴らしいと思う。建築は物理的なものですから、人の心を動かすことはなかなかできませんが、芝居は心の中にズバッと入ってくる。
ただ、演出家というのは自分が演じるわけじゃなくて、役者がやるわけでしょう。それを次から次へと魅力的なものに仕上げていくのはすごく難しいでしょうし、神経がまいると思うんです。だから、よく続いてるなと。

宮本 舞台っていうのはだいたい2~3年前から準備をして、小さな会社をつくっては無くす、またつくっては無くす……という感じで、毎回、スタッフもキャストもメンバーが変わるんです。
そういう意味では大変と言ったら大変ですけど、結局それが好きなんでしょうねぇ。レールに沿って生きていくのが性に合ってない。だから、安藤さんの独創的な生き方に共鳴するのかもしれません。

安藤 芝居には役者がたくさん参加します。演出家はそれぞれの役者の心を読みながら作品を組み立てていく。その時に自分の言う通りに演じる役者よりは、ちょっとズレた役者のほうがいいのではないかと私は思うんですけど、どうですか?

宮本 おっしゃる通りです。いい意味で空気を読まない人が好きですね。むしろ空気を読むなんていうのはマイナスだと思ってるんですが、それくらいまったく違う意見とか突拍子もないことを言う人こそ面白いと。これは特に海外で仕事を多くさせてもらうようになってから感じるようになりました。
ニューヨークやロンドンで仕事をしてると、もう本当に好き勝手やるんですよ。平気でぶつかってくる。最初はおびえていた自分がいたんだけど、それって喧嘩けんかをしてるわけじゃなくて、お互いに何が違うのかを話していくと、それが発酵していって、次のアイデアを生むことが多いんですよね。

安藤 よく分かります。

宮本 僕以上に世界でいろんな経験をなさってる安藤さんの前で言うのはおこがましいんですけど、いろんな人がいるから面白いし、いろんな意見がぶつかるから僕は学べていると思ってます。

安藤 でも、俳優さんが毎回違う中でやるのは大変でしょう?

宮本 毎回大変ですよ。オーディションの時点でもうバラバラですから。日本人は真面目な方が多いので、「よろしくお願いします」と言って歌や踊り、台詞せりふを読んだりした後、皆さんだいたい反省しながら帰っていくんですよ。
ところが、欧米なんかはワーッとパフォーマンスをして、「どう?もしあなたが私を落としたら許さないわよ」っていう顔で演出家を見たり、「この台本、ちょっと意味が分からないから、まず話し合いからやろう」って怒られたり(笑)。
ですから、時々やっぱり胃薬や頭痛薬を飲みますが、それを乗り越えていくことでもっとお互いが分かり合えるところもありますし、より素晴らしい作品に磨かれていくんです。

演出家

宮本亜門

みやもと・あもん

1958年東京都生まれ。ミュージカル、ストレートプレイ、オペラ、歌舞伎など、ジャンルを越える演出家として国内外で幅広い作品を手掛けている。2004年には演出家として東洋人初のニューヨークのオン・ブロードウェイにて『太平洋序曲』を上演、同作はトニー賞4部門でノミネート。17年ロンドン・大英博物館にて、葛飾北斎を題材としたリーディング公演『画狂人 北斎』を上演。18年3月、フランス・ストラスブール国立歌劇場で三島由紀夫原作のオペラ『金閣寺』(黛敏郎・作曲)を上演。近年は「ニッポンを演出する」と掲げ、日本を世界へ発信する作品を様々手掛けている。