2017年8月号
特集
維新する
  • 神戸市立医療センター中央市民病院総合脳卒中センター長坂井信幸

与えられた条件で
ベストを尽くす

脳血管内治療のエキスパートとして、これまで7,000名以上の患者を救ってきた脳神経外科医・坂井信幸氏。その歩みは20年前にアメリカから導入されたコイルが契機になった脳血管内治療発展の歴史と重なる。常に変化が求められる医療の世界において、その時代その時代でベストを尽くすことを使命としてこられた坂井氏に、医道一筋の歩みを振り返っていただいた。

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101点は0点と同じ

──坂井先生は脳神経外科医のプロフェッショナルとして、特に脳血管内治療の臨床経験は国内でもトップレベルだと伺っています。

脳血管内治療というのは、分かりやすく言えば、脳血管の病気に対するカテーテル治療ですね。脳血管の病気は破れて出血するか、詰まって脳梗塞になるかのどちらかで、破れた場合は閉塞させ、詰まった場合は再開通させるのですが、その際にカテーテルという細い管を使って行う治療です。
こうした治療は1970年代からスタートして、現在のスタイルで治療が行われるようになったのは80年代後半からなので、歴史としては約30年なんですよ。僕は医者になって35年経ちますけど、日本における脳血管内治療の黎明期から運よく携わることができて、これまでに治療そのものは7,000件を超えました。

──それだけの数の患者さんを救ってこられたわけですね。

もっとも学会や管理職の仕事が増えてきたので、手術を減らすしかなく、多い時は年400例近くやってましたけど、いまはその半分を切りました。
それに若い頃と違って、患者さんをお世話する時間もあまりなく、ほとんど主治医に任せていて、術者として行うのは実際の手術と、事前事後の説明くらいですね。特に脳動脈瘤の場合、一歩間違えたら治療で死に至ることがありますので、最悪のケースがあることを必ずお伝えします。
患者さんたちは無事治るという最高のストーリーを思い浮かべてこの病院に来られるわけですけど、そのギャップをちゃんと理解してもらうようにはしていますね。

──あとは結果で勝負される。

ええ。もう本当に結果がすべてで、当然いつも100点を目指すわけです。しかし、99点ならまだいいのですが、反対に101点になると0点と一緒なんですよ。

──どういうことでしょうか。

完全を目指してほんの少しでもやり過ぎてしまうと、それが失敗に繋がることがある。そのことを痛感したのは、脳動静脈奇形という、少しでも出血したら命にかかわる病気の患者さんを手術した時のことでした。
僕がまだ30代の頃で、当時はカテーテルが太い血管にしか通せない時代でした。ほぼ満足いく詰まり具合だったのに、完全を目指してもう一押ししたのです。術後は患者さんの意識はしっかりしてて、会話や食事もできる。脳外科医にしてみれば十分合格点でした。
ところが、手に痺れが出て動かしにくくなったことが原因で、退院後に自ら命を絶たれたんです。

──亡くなられたのですか。

まさかの結末でしたが、その方は手が命の職人だったんですよ。思いどおりに手を動かせないのは、仕事ができないことと同じわけで、私の合格と患者さんの合格とが違っていたわけです。
脳動脈瘤のコイル塞栓術で、ほんの僅かの隙間を詰めるためのコイルで破ってしまうこともある。いかにベストを尽くしても、ほんの少しでもやり過ぎて101点を取ってしまうと0点になるわけで、この時は本当に辛かったですけど、いまに繋がる学びになりました。

──非常に難しい世界ですね。

いやいや、どの世界でも同じだと思います。例えばビジネスの世界でも、完璧を狙って、そこから少し外れただけですべてを失う。完璧の手前だと、「あとちょっとだったね」と言われる。こうしたことは、おそらくすべての人の営みに共通していることだと僕は思いますね。

神戸市立医療センター中央市民病院総合脳卒中センター長

坂井信幸

さかい・のぶゆき

昭和31年京都府生まれ。59年関西医科大学医学部卒業後、同大学助手を経て、平成3年米国カリフォルニア大学ロサンゼルス校研究員。京都大学医学部助手、国立循環器病センター医長を経て、13年神戸市立中央市民病院(現・神戸市立医療センター中央市民病院)医長。17年部長、総合脳卒中センター長を務める。