2023年4月号
特集
人生の四季をどう生きるか
対談
  • 作家五木寛之
  • 東洋思想家境野勝悟

人生百年時代を
どう生きるか

人生百年時代。当初は希望的な印象の強かったこの言葉に、次第に現実の厳しさが加味され、私たちに生き方の再考を促している。数々の話題作を通じて人生のヒントを提示し続けてきた五木寛之氏と、東洋思想にもとづき人の生き方を探求し続けてきた境野勝悟氏は、この問題をいかに捉えているのだろうか。共に卒寿の二人が語り合う、人生の四季の歩み方に耳を傾けてみたい。

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生きているだけで素晴らしい

境野 きょうは出かける前に父と母に線香を上げて、「これから五木先生と対談をしてきます」と合掌してまいりました。私にとって五木先生は、30代の頃からずっと作品を愛読してきたあこがれの存在ですから、対談の機会をいただいてちょっと親孝行ができたような気持ちでいるんです(笑)。

五木 いやいや、恐縮です。
『致知』で名だたるせきがく丁々発止ちょうちょうはっしと渡り合ってこられた境野先生に比べると、私なんかは本当に一介の小説作者ですから(笑)。

境野 とんでもない。私は五木先生と同じ昭和7年生まれの90歳ですし、しかもお互い早稲田大学出身ということで、とても近しいものを感じています。

五木 境野先生は、神奈川の栄光学園で約20年きょうべんを執っておられたそうですね。私は両親が教師の家庭で育ちましたから、何か親戚に会うような親しみを覚えるんです。そこで一つ提案なんですけども、きょうは「先生」ではなく、お互い「さん」付けでどうでしょうか。

境野 ありがとうございます。私もそのほうが嬉しいですよ(笑)。
早速ですが、五木さんが先般出されたこの『人生百年時代の歩き方』というご本は素晴らしいですね。どこを読んでも感動するんですが、1番胸を打たれたのは、世の中というのはうまくいかないものだとした上で、このように説かれているくだりです。

「にもかかわらず、なんとか今日まで生きてきたこと、とりあえず、今生きていること、そのことの価値をこそ認めて、自分を評価してあげなければいけないのではないでしょうか」

「人生思いどおりにならないなと悩みや迷いを抱いたときこそ、『生きているだけですばらしい』と、自分を再評価してほしい。悔い多き86年(編集部註・同書制作当時)を生きてきた、私の実感からの提案です」

この「生きているだけですばらしい」には胸が震えました。そして最後に「私の実感からの提案です」と。どこかの偉人の言葉ではなく、ご自身の実感からの提案と書かれているのが、五木さんの素晴らしいところだと思うんです。
デビュー以来、たくさんの話題作を発表してこられた五木さんは、一介の学校教師に過ぎなかった私からすれば憧れの存在で、悔いなんかない人だと思っていました。けれども、本当は人知れずいろんな葛藤かっとうを抱えながら仕事をしてこられたのですね。

五木 自分のことをおっしゃられると気恥ずかしい限りです。私は両親をとても早くに亡くしましてね。いまならいろいろしてあげられることもあるでしょうけれども、当時の自分には何もできなかった。1番の悔いといえば、そこですね。

境野 私も父を9歳の時に亡くしましたから、そのお気持ちはよく分かります。

作家

五木寛之

いつき・ひろゆき

昭和7年福岡県生まれ。生後まもなく朝鮮に渡り、22年に引き揚げる。27年早稲田大学露文科入学。32年中退後、PR誌編集者、作詞家、ルポライターなどを経て、41年『さらばモスクワ愚連隊』で小説現代新人賞、42年『蒼ざめた馬を見よ』で直木賞、51年『青春の門・筑豊篇』他で吉川英治文学賞を受賞。14年菊池寛賞を受賞。22年に刊行された『親鸞』で毎日出版文化賞を受賞。本年中国で発売された『中国語版・大河の一滴』が話題。日本芸術院会員。

人に会い、語り合うことの大切さ

五木 私は境野さんのご本を拝読して1番印象深かったのが、致知出版社からお出しになっている『日本のこころの教育』でした。学校を訪問して生徒さんの前でお話をなさって、互いに問答を交わし、最後に生徒さんから感想文が寄せられる。まるで一篇のドラマを観るようで、私もこんな講演をしてみたいものだと思いました。

境野 五木さんにそう言っていただくと、とても嬉しいです。ありがとうございます。

五木 こんなことを言うと偉そうで恐縮なんですが、私は自分のことを野の語り手だと思っているんですよ。真宗にはもんぼうといって、お釈迦しゃか様の教えにしんに耳を傾けることを意味する言葉があります。また、その真宗の中興の祖ともいわれるれんにょは、100遍聞いて暗記しているような話でも、生まれて初めて聞くような真剣さで聞かなければいけないと説いていて、これも対話の大切さに通じるものがある。
ですから私は、自分が何を書いてきたかということより、どんな人と会って、どんなお話をしてきたかを大切にしてきました。先日、夜眠れないままに若い頃から対談してきた人を頭の中でずっと挙げていったら、明け方までに700人数えてまだ終わらない。

境野 それはすごい。

五木 ですから、私の思想の元は全部耳学問なんです。いろんな方にお目にかかり、そこで伺ったお話が元になって自分という人間がつくり上げられてきた。ですから自分の師といえる人を挙げろと言われれば、100人、200人くらいすぐに出てきますね。

境野 いまはインターネットの時代で、人と人が直接会う機会が少なくなりましたから、五木さんのお考えはとても大切だと思います。やはり本当の感動というのは、直に人に会って肉声を聞くことで得られるものでしょうからね。

五木 ぶっがやったことも、まず人々との問答。これは対談ですね。それから説法。これは講演です。そしてそれらをいろんな所へおもむいてやった。つまり仏陀という人は、一生をかけて対談をやり、講演をし、旅をして亡くなった人ともいえます。
ですから私の1番の本領は、こうして人にお目にかかり、お話を伺って、語ることだと考えているのです。

東洋思想家

境野勝悟

さかいの・かつのり

昭和7年神奈川県生まれ。早稲田大学教育学部卒業後、私立栄光学園で18年間教鞭を執る。48年退職。こころの塾「道塾」開設。駒澤大学大学院禅学特殊研究博士課程修了。著書に『日本のこころの教育』『「源氏物語」に学ぶ人間学』(共に致知出版社)『芭蕉のことば100選』『超訳法華経』(共に三笠書房)など多数。