2019年6月号
特集
看脚下
  • 授業づくりJAPANさいたま代表齋藤武夫

日本の歴史を見直す

学校で学びたい歴史

歴史教育の偏向が叫ばれて久しい。小学校教師時代からこの現実と闘い、教育の是正に力を尽くしてきた人物がいる。齋藤武夫氏である。氏は教壇を去ったいまも後進育成のための講座を開き、長年培ってきた歴史授業を伝授している。教育に懸ける思いを、授業の実践例とともにお話しいただく。

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正しい歴史教育は自己肯定感を育てる

子供たちの自己肯定感をいかにはぐくむか。このことは教師にとっての大きなテーマです。自分は掛け替えのない存在であることを自覚して自身を好きになり、受け入れられるようになる。言葉では簡単でも、子供たちにそれを教えるのは容易ではありません。

教師の中には、得意なものを身につけさせたり、学習能力を伸ばしてあげたりすれば、自己肯定感が育つと考える人もいます。もちろん、それはとても大切なことですが、ライバルと競争して負ければ、逆に自信喪失の原因ともなってしまいます。

私は小学校教師時代、子供たちがより学習に興味を持つよう授業面で様々な工夫改善を重ねてきましたが、ある時期から歴史の授業づくりで特にそれを意識するようになりました。歴史を正しく、しかも興味深く伝えるにはどうしたらよいのか。格闘を続ける中でふと気づいたことがあります。他でもありません。子供たちの自己肯定感がいつしか高まっていたのです。

中学校のあるクラスに学力は優秀でも反抗的な男子生徒がいました。学力を鼻にかけているのか、授業をまともに受けようという態度があまり感じられませんでしたが、歴史の授業が始まって1か月くらい経つと、前のめりになって話を聴くようになり、いつの間にか勉強熱心で素直な性格の子に変化しました。彼自身、自信があるようでも、心のどこかに満たされない部分があったのでしょう。きっと歴史を正しく学ぶことで本心が目覚め、自己肯定感が高まったのだと思います。

子供たちだけではありません。現在、私の歴史の講座を受けに来ている女性セラピストは「日本が好きになると、生き方にもとてもいい影響がある」と笑顔で話します。彼女がやっているのは、夫婦間や恋人間の様々な問題解決を手助けするセラピーです。そのセラピーに日本の歴史や先人への感謝の気持ちを取り入れたところ、カップル同士、目に見えて仲よくなるといいますから、面白いものです。歴史の学びは、こういうところでも大きな力を発揮しているのでしょう。

私の歴史教育への目覚めといえば、30年前の1989年、40歳の時でした。冷戦の象徴とも言うべきベルリンの壁が崩壊する様子をテレビで見ながら、茫然自失ぼうぜんじしつしました。

それまでの10年間、私はすべての教科で楽しくてよく分かる授業技術を研究し、学級運営にもそれなりの自信を持っていました。ところが、東西冷戦が終わって個々の国々がパワーバランスを取りながら自立して生きていかなくてはいけなくなった中で、将来の日本がどうなるのだろう、授業内容はいまのままでいいのかと考えた時に、授業づくりがまったくできなくなってしまいました。

ちょうどその頃、後に「新しい歴史教科書をつくる会」を創設される藤岡信勝氏とお話しする機会があり、ともに勉強を重ねるうちに、他に依存しない一主権国家としての日本の行くべき道が少しずつ見えてきました。90年代に入り、藤岡氏の関心が近現代史の授業の改革運動、すなわ自虐史観じぎゃくしかんにより偏向した近現代史の教育を是正する方向に向くと、藤岡氏に学ぶ私たち教師も左右の全体主義に抗して自由主義を守り抜くための歴史教育を模索するようになったのです。

私が子供たちへの授業のあり方を見直す一方、細々とながら志ある教師を集めた勉強会を開くようになったのもその頃です。その流れは私の定年後、この10年間で徐々に広がりを見せ、現在では地元・埼玉を中心に千葉、名古屋、新潟などで連続講座を開いている他、受講した教師とのつながりで全国各地の講習に招かれる機会も増えてきました。

講座の内容は、『授業づくりJAPANの日本が好きになる! 歴史全授業』という手づくりのオリジナルテキストをもとに現役の教師たちに歴史の授業のノウハウを伝えることが中心ですが、「歴史の入門として分かりやすく、ためになる」というので、一般の方々の参加も少なくありません。

授業づくりJAPANさいたま代表

齋藤武夫

さいとう・たけお

昭和24年埼玉県生まれ。立命館大学文学部中退。書店員などを経て59年埼玉県の小学校教師となる。退職後は浦和実業学園中学校で教鞭を執る。現在、授業づくりJAPANさいたま代表、歴史授業研究・大宮教育サークル顧問。独自のテキストをもとに教師に歴史授業を教える講座を各地で行っている。著書に『学校でまなびたい歴史』(産経新聞ニュースサービス)など。