2025年6月号
特集
読書立国
対談
  • 安松幼稚園理事長安井俊明
  • 東京いずみ幼稚園園長小泉敏男

幼児期における
国語教育の
驚くべき力

国語力を養う重要性は多くの識者が強調するところである。しかし日本語を幼児期からいかに与えるべきか、人生にどんな意義があるのか。明瞭な答えを持つ人は少ない。いま日本の東西で、多彩な教育プログラムの根幹に国語教育を据える2園――安松幼稚園の安井俊明理事長、東京いずみ幼稚園の小泉敏男園長に、半世紀にわたる実践から掴んだものを披瀝いただく。

この記事は約25分でお読みいただけます

国語教育は最優先すべきもの

安井 初めまして、やすまつ幼稚園の安井です。きょうはわざわざ大阪までお越しいただいて、恐縮しております。

小泉 東京いずみ幼稚園の小泉です。お会いできて光栄です。

安井 きょうは本当に楽しみにしていました。送っていただいた先生の『致知』の記事やご著書『最高の育て方事典』を見たら、うちの考え方と7~8割同じだと知りましてね。同志を得た思いで、嬉しく楽しく拝読しました。

小泉 そうですねぇ。私も先生の資料を拝見して驚きました。

安井 国が大変なことになっているこの時代、どう屋台骨を支えていくかと、私は常々学校の責任というものを思うんですね。それは日本の文化を次の世代に伝えていくこと。これを担えるのが国語教育じゃないでしょうか。
読み書きはもちろん思考そのものも、すべての知的活動は国語が根本であり、国語を道具として行うものです。ですから、教育において国語は最優先されるべきものだと思います。ところが、世の中はそうなっていないですね。

小泉 はい。今年(2025年)、うちは創立50年目を迎えましたが、漢字教育を始めた頃は、周囲からはまあ白い目で見られました。自分が伝える力が乏しかったせいもあり、間違いなくいいと思う教育も、当時は大っぴらにできませんでしたね。
漢字教育がどれだけ子供を育てる力があるのか、やってみればすぐ成果は出る。でも、親からその理解を得るのが大変なんですよね。

安松幼稚園理事長

安井俊明

やすい・としあき

昭和24年大阪府生まれ。46年大阪教育大学卒業、48年同大学大学院教育学研究科修士課程修了。大阪府立岸和田高等学校数学科教諭となる。その後、大阪教育大学附属高等学校天王寺校舎数学科教諭、大阪教育大学講師、清風南海高等学校数学科教諭、相愛中学校・高等学校校長などを歴任し、職員の意識改革、学校改革に取り組む。平成8年より現職。数学教育関係の専門書ほか、漢字・国語に関するエッセイを多数執筆。

幼稚園児への漢字教育は尚早か?

安井 改めて自己紹介しますと、私の家は浄土真宗のお寺でしてね。安松幼稚園の開園は1949年、日本が大東亜戦争に負けて4年後のことで、今年度で創立77周年となります。大阪の泉佐野市に祖父が開き、後を継いだ母が基盤を整えてきました。
祖父は、日本の復興はどうあるべきかと考えて園を設立しました。設立趣意書にこうあります。
「心身共に健全なる幼児の育成に努め、もって文化日本の建設にきゅうぎゅういちもうにてもお役に立つべく決心した次第です」
祖父は僧侶でしたから国語や漢字に敏感で、母も園創立当時から国語教育を根幹にえ、独自のプログラムを確立しました。

小泉 戦後間もなくに、そこまで明確な方針を打ち立てられたとは驚きです。安井先生はおいくつから園に携わっておられますか。

安井 1996年、40代半ばからです。というのも、私は大学を出た後、大阪府内の高校と大学で数学の教師をしていました。

小泉 ああ、数学を。

安井 ええ。ですから安松幼稚園に移った時、周りからよく「高校や大学と幼稚園は違うでしょ」と言われました。ところが、私の中ではまったく同じ感覚でしてね。
数学教師時代、授業中の生徒の実態・反応を観て確信したことがありました。子供の発達段階に合った教材を与え、数式の羅列ではなくいま展開している数学の内容、意味を国語で丁寧に説明すれば理解しやすく、伸びていくと。多くの生徒から「安井先生の数学の授業は国語のようでとても分かりやすい」と聞いたことがあります。発達段階に合った教材、そして国語での丁寧な説明と会話、これら2点の重要さは高校生でも幼稚園児にとっても同様と思っていましたが、実際にそうでした。
これに関して一つ、いまの国語教育の問題点を言いましょうか。昨今、漢字は小学生から習うものと決まっていますね。私が園に来た頃、小学校の先生から「なぜ幼稚園で先に漢字を教えるのか。小学校に行ってから習うものでしょう」と、問いかけられました。

小泉 うちの園でも「早期教育の極みだ」と言われてきました。

安井 文部科学省をはじめとして、皆さん、大人が自分の頭で考えて、漢字はひらがなより難しいと決めつけている。少し過激な物言いになりますが、机の上だけで教育を考えていますよ。
教材の開発は、大人が頭で難しい易しいを考えるのではなく、目の前の子供に当たるべきです。そうすれば、読みについては子供は漢字のほうが易しく感じているとすぐに分かるのですが……。

東京いずみ幼稚園園長

小泉敏男

こいずみ・としお

昭和27年東京都生まれ。立教大学在学中に小泉補習塾を運営、卒業後の51年父と共にいずみ幼稚園を創設。石井式漢字教育、ミュージックステップ音感教育など画期的なプログラムを早期に導入。平成7年より園長。16年第13回音楽教育振興賞を幼児教育界で初めて受賞する。近著に『最高の育て方事典』(講談社)『国語に強くなる音読ドリル』(小泉貴史氏と共同監修/致知出版社)がある。