2022年4月号
特集
山上 山また山
  • ホトトギス主宰稲畑廣太郎

俳誌『ホトトギス』

125年の歴史を貫いてきたもの

四季折々の季語を含め、五七五の僅か17文字に情感を詠い上げる俳句。正岡子規・高濱虚子以来の俳句の伝統を受け継ぎ、明治30年から毎月ほぼ休みなく号を重ねてきた雑誌が『ホトトギス』である。125年に及ぶその歩みは苦闘の歴史でもある。虚子の曽孫で同誌主宰・稲畑廣太郎氏に感慨を込めてお話しいただいた。

この記事は約12分でお読みいただけます

125年前から受け継ぐ俳句の魂

俳人・正岡子規しきこころざしを同じくする人々の手で旗揚げされ、私の曽祖父・高濱たかはま虚子きょしが引き継ぎ、最古の俳句雑誌として発刊を続けてきた『ホトトギス』。

この俳誌を代々継承する家に生まれた私が、俳句の道を歩もうと決断したのは、まだ生まれ故郷の芦屋あしや(兵庫県)に住み、大学生活を送っていた昭和55年のことです。虚子の長男だった祖父・高濱年尾としおが亡くなり、その次女である母・稲畑汀子ていこへと主宰の交代が行われた直後でした。婿むこであった父が50歳を手前に早世そうせいし、母が独りになってしまったのです。

それまで我が家では時々句会が開かれ、自然と俳句に親しんで育ちましたが、私はさほど熱心ではありませんでした。しかし、父の死にめげず日夜奔走ほんそうする母の姿を見て、覚悟が固まったのです。大学卒業と同時に東京のホトトギス社へ入社し、編集にたずさわってこの4月で丸40年になります。

『ホトトギス』には、現主宰の私が巻頭に俳論や雑誌の歴史を交えたエッセイを執筆。各地にある句会からの報告などを挟み、「雑詠ざつえい」の選評に最も紙幅しふくを割いています。

雑詠とは、題は設けず、全国の誌友(読者)から寄せられる俳句に、私が選者として目を通し、選りすぐって紹介を行う欄です。季題を含め、五七五の17文字で詠む、俳句の鉄則である「有季定型ゆうきていけい」を守っていればよし。一人ひと月三句までと限っているものの、誌友が二千数百名いることもあり、毎月届く句は約6,000に上ります。

おかげさまで本誌は2021年で創刊125年、通算1,500号を世に出すことができました。山あり谷ありの歩みでしたが、子規や虚子の思いを一貫して守ってきたことがよかったと強く感じています。

ホトトギス主宰

稲畑廣太郎

いなはた・こうたろう

昭和32年兵庫県生まれ。57年甲南大学卒業後、合資会社ホトトギス社入社。63年『ホトトギス』編集長。平成17年同誌「雑詠」選者および副主宰、25年より主宰。俳人・高濱虚子の曽孫。著書に『曽祖父―虚子の一句』(ふらんす堂)、句集に『半分』(朝日新聞社)などがある。