2024年11月号
特集
命をみつめて生きる
一人称
  • 仏教思想研究家植木雅俊

『法華経』に
学ぶ人生の知恵

「諸経の王」と呼ばれ、古来多くの人が感化を受けてきたという『法華経』。専門の物理学から転じた異色の仏教思想研究家・植木雅俊氏もその一人である。かつて失意の底にあった氏が、『法華経』から掴み取ったもの、そしていまを生きる私たちが学ぶべきものは何か──。

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自らをたよりとして他人をたよりとせず

ここに書かれているのは、まさに私のことではないか!

震えるような感動を与えてくれた『きょう』と私が出逢ったのは、大学時代のことでした。

長崎県の島原市に生まれ育った私は、少年時代は地元の優等生として一目置かれる存在でした。しかし、大学進学で郷里を離れて人間関係がリセットされ、自分をチヤホヤしてくれる人たちが周りにいなくなると、私は勉学への意欲を失ってしまいました。それまでの自分が、ただ虚栄心を満たすために勉強をしていたことを痛感し、深い自己嫌悪にさいなまれました。

それに追い打ちをかけたのが、学生運動家たちでした。学生運動が盛んだった当時、彼らは授業中にも教室に押しかけ、私たちに議論を吹っかけてきました。苦しまぎれに返答すると「だから何だ?」「おまえは何も考えていないだろう!」と詰め寄られ、深く傷つき、自己嫌悪、自信喪失が高じて、私は鬱病うつびょうになってしまいました。

そんな私に光明をもたらしてくれたのが、仏教研究の第一人者である中村はじめ先生の著書でした。

「自らをたよりとして、他人をたよりとせず、法をよりどころとして、他のものによることなかれ」

それまで、人からどう見られているのかということばかり気にして生きていましたが、自分自身がどう生きるかが大事なのだということに気づかせてもらいました。

今回いただいたテーマに沿って言えば、私はその時、自己の命をみつめて生きることに目覚めたと言えます。そしてむさぼるように仏教書を読みあさる中で出逢ったのが、『法華経』でした。

仏教思想研究家

植木雅俊

うえき・まさとし

昭和26年長崎県生まれ。九州大学大学院理学研究科修士課程修了、東洋大学大学院文学研究科博士後期課程中退。平成3年より東方学院にて中村元氏のもとでインド思想・仏教思想論、サンスクリット語を学ぶ。14年お茶の水女子大学で人文科学博士号取得。20年『梵漢和対照・現代語訳 法華経』上下(岩波書店)で第62回毎日出版文化賞受賞。著書に『法華経とは何か その思想と背景』(中公新書)、訳書に『サンスクリット版縮訳 法華経現代語訳』(角川ソフィア文庫)など多数。