2021年5月号
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  • 駒澤大学陸上競技部監督大八木弘明
苦節13年 箱根駅伝

日本一への道

正月の風物詩として知られ、いまや国民的行事になっている箱根駅伝。大学三大駅伝の一つで、東京・箱根間を往復し、全217.1キロを10人で襷を繋いで走り抜く。第97回を迎えた今大会、奇跡的な大逆転劇を起こし、13年ぶり7度目の優勝を飾ったのが駒澤大学陸上競技部である。26年間にわたって同部を指導している大八木弘明監督に、箱根の激戦を振り返りつつ、選手時代に得た学び、忘れ難き恩師の教え、弱小集団を常勝軍団に育て上げた要諦を語っていただいた。そこから見えてくる強いチームを創るリーダーの哲学とは——。

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「勝ちに不思議な勝ちあり負けに不思議な負けなし」

——「苦節十年」という言葉がありますが、大八木監督率いる駒澤大学陸上部は実に13年ぶりとなる箱根駅伝優勝を果たされました。おめでとうございます。

ありがとうございます。今回は1年生にいい選手が集まってきてくれたので、このチームだったら大学三大駅伝のうち、出雲いずも(10月開催/全6区間45・1キロ)と全日本(11月開催/全8区間106・8キロ)は勝てるかもしれないと。だけど、箱根はやはり全10区間217・1キロ、1区間20数キロですから、スタミナのある上級生がしっかりしていないと勝つのは厳しい。
それでも2020年4月に皆を集めた時に、箱根で3番以内に入るとチームの目標を掲げ、個々人の目標を発表させたんですね。あいにくコロナで出雲は中止になってしまったものの、全日本では選手たちがその気になって頑張ってくれまして、大会記録を塗り替え6大会ぶりの優勝に輝きました。
ですから、前評判では駒澤も箱根の優勝候補に挙がっていましたけど、今年じゃなくて来年勝つんだという気持ちで選手たちに伝えていましたので、割と気楽に臨んでくれました。それがかえって功を奏したのかもしれません。

——ノビノビとレースに集中することができたと。

はい。選手たちはそんなに緊張もせず、リラックスして走ってくれました。往路を3位でゴールし、優勝候補の青山学院や東海が後ろのほうにいましたので、その時点ではもしかしたら7区か8区辺りで1位の創価を逆転できるんじゃないかという思いがありました。そこで復路の選手たちには「勝てるかも」ではなく、「勝つぞ」と投げ掛け、「どういう状況下になっても冷静に判断し、後半に勝負を賭けなさい」と指示をして送り出したんです。
ところが、意外にも創価の選手たちの勢いがすさまじく、最終10区の時点で3分19秒も離されましたから、「ああ、もうこれは2番を覚悟するしかないな」と。ただ、最後の最後まで何が起こるか分からないですし、アンカーの石川は2020年の箱根でも10区を走り、早稲田の選手に最後抜かれて8位に落ちた悔しさがあったので、「区間賞狙いで終始攻めの走りをして思い切り行きなさい」と伝えました。
5キロ、10キロと徐々に差が詰まって、15キロ辺りで前の選手の姿をとらえたんです。「もしかしたらもしかすることをおまえがやるかどうかだ。それが男だ!」「おまえの力だったら抜ける。きょうのおまえはホントいいわ!」と気合を入れたら本人も乗って、さらにペースが上がっていきました。

——見事、3分19秒差をくつがえされたわけですね。

普通は1キロ以上離されると、それを同じ区間内で抜くのは不可能に近いんです。アンカーで3分差以上の逆転劇が起こったのは89年ぶりですから。

——ああ、89年ぶりですか。まさに歴史的大逆転勝利ですね。

それだけに何と言っても、逆転した瞬間はこれまでに味わったことのない感動というか、込み上げてくるものがありましたね。私自身が薄らいでいた勝つことへの執念、あきらめない心を選手たちに呼び起こされた気がします。
あと、印象深かったのは3年生の健闘ぶりですね。山下りの6区で区間賞を取った花崎、堅実な走りでトップとの差を詰めた8区のつくだ、そして10区の石川、彼らは他学年と比べて一番力がなく、「谷間の世代」と言われていました。
全日本では誰も走っていないんですけど、「おまえたちは短い全日本よりも、箱根の長距離や特殊区間で力を発揮してほしい。箱根だけに集中してくれ」と。本気になってそれに応えて努力してくれたのと、1年ごとの成長の積み重ねもあって、3年目にしてようやく花開いたんです。

——選手はもちろん、監督やコーチ、スタッフを含めて一人ひとりの努力の結晶でつかみ取った優勝でしょうね。

そうですね。217・1キロを走る箱根のレースの中で、今回駒澤がトップに立ったのは最後の2キロだけ。あの大逆転は私の予想をはるかに超えていましたし、「勝ちに不思議な勝ちあり、負けに不思議な負けなし」という言葉をつくづく実感した大会でした。

駒澤大学陸上競技部監督

大八木弘明

おおやぎ・ひろあき

昭和33年福島県生まれ。52年福島県立会津工業高等学校卒業後、小森印刷(現・小森コーポレーション)入社。56年川崎市役所入所。58年24歳で駒澤大学夜間部に進学。3度の箱根駅伝出場(2度の区間賞)を果たす。卒業後はヤクルトで競技生活を続け、平成7年から母校駒澤大学陸上競技部コーチに就任。以後、箱根駅伝4連覇を含め、数々の大会で優勝を果たし、「平成の常勝軍団」と呼ばれるまでに育て上げる。14年助監督、16年監督に就任。令和3年箱根駅伝で13年ぶり7度目の優勝に輝いた。著書に『駅伝・駒澤大はなぜ、あの声でスイッチが入るのか』(ベースボールマガジン社)など。