2023年8月号
特集
悲愁ひしゅうを越えて
トップインタビュー
  • 吉村光子

悲愁を越えて
歩み来た百年

先日、『致知』の愛読者から弊社のお客様係に一通の手紙が届いた。差出人は長崎県在住の吉村光子さん、御年100歳。便箋5枚、直筆で力強くびっしりと綴られた文章はまるで長編の詩のようだった。その一部を6月号の特集総リードで紹介したところ、大変な反響をいただいた。22歳の時に被爆し、九死に一生を得た吉村さんの人生は、まさに悲愁を越えて歩み来た100年である。長崎のご自宅を訪ね、健康長寿の秘訣、人格形成の原点、幾多の試練に直面する中で支えになった信条、よりよい人生を送る心得に迫った。

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自分のことは自分でやる

——吉村さん、お目にかかれて光栄です。

まぁようこそ、ひどい大雨の中をわざわざ遠方からお越しくださり、本当にありがとうございます。ちょうど半月ほど前、私の不注意で洗濯物を取り込もうとした時につまずき、左足の小指を骨折してしまって……こんな格好ですみません。生まれて初めてギプスで固められ、痛い思いをして幾夜か寝られぬ日もあり、つい年を感じました(笑)。

——にもかかわらず、つえなしで普通に歩かれていて、とても御年100歳とは思えない若々しさですね。

今年(2023年)の7月22日の誕生日で満百歳を迎えますけど、とにかく今日まで生きてこられたことに感謝しかありません。
16年前に主人が亡くなってからは、ずっとこの家で一人暮らしをしていますが、こうして元気でいられるのは、できる限り自分のことは自分でやる。やっぱり自分の身体は自分から動かさなきゃ。人に頼るばかりではダメ。だけどうぬれてもいかん。そういう気持ちでいつもおる。ヘルパーさんには毎日1時間だけ来てもらって、手の行き届かないところの掃除を主にお願いしています。それ以外のことは料理も洗濯もできるだけ自分でします。

——自律自助、独立自尊の気概で。

あと、歯を大切にすることですね。いまも入れ歯ではなくて自分の歯です。歯を大切にできたのは、腹八分目を心懸けてきたからでしょうね。おいしいからと言って余計に食べるんじゃなくて、「このくらいでやめておこう」という自制心を働かせる。
それとやっぱり、神仏への感謝礼拝です。これは私の人間形成の原点ともいえるのですが、毎朝、父母が神棚と仏壇にとうみょうをあげるものですから、一緒にくっついて拝んでいました。これだけは欠かさず、小さい時からずっと守ってきたんです。

吉村光子

よしむら・みつこ

大正12年東京生まれ。生後間もなく関東大震災で被災。女学校を卒業後、父親の転勤により上海へ移住するも、16歳で父親と、17歳で母親と死別する。その後、長崎の叔母の家に預けられる。昭和20年8月9日、三菱兵器製作所に勤務中に被爆し、九死に一生を得る。22年に見合い結婚、仕事をしながら家計を支える。2回の流産と1回の死産を経験。平成19年には60年連れ添った夫が病死。以後、現在まで1人暮らしの生活を続けている。