2026年3月号
特集
是の処即ち
是れ道場

是この処ところ即すなわち是れ道場

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「是この処ところ即すなわち是これ道どう場じょう」は道どう元げんが愛した言葉である。

弊社の一日一言シリーズに『道元一日一言』(令和2年刊)がある。以前より道元の一日一言を出版したいと思っていたものの人を得ず、ようやく道元研究一筋に打ち込まれてきた大谷哲夫氏に出会い、出版が叶かなった本である。その中に大谷氏が魂を込めて書かれた「道元 小伝」が収録されているが、それを元に道元の人生を辿たどってみたい。

道元は、鎌倉幕府が成立した8年後の正しょう治じ2(1200)年正月二日、内大臣久こ我が通みち親ちかを父に、前摂せっ政しょう関かん白ぱく藤原基房もとふさの娘伊い子しを母として京都松殿の別邸で誕生した。

3歳の時、父通親が53歳で死し(その次男久我通みち具ともが育父となる)、8歳の年の冬、母を喪うしなった。

名門の家に生まれながら、父と母を幼少期に亡くしたことが転機になったのだろう。14歳の時に、比ひ叡えい山ざんに登り、剃てい髪はつ、出家した。