2021年7月号
特集
一灯破闇
インタビュー③
  • 精神科医、マジシャン志村祥瑚

見えたものが
すべてではない。
思い込みを解放して生きる

「マジックで人々を〝思い込み〟から解放したい」、そんな志を掲げる志村祥瑚さんは精神科医兼マジシャンとして異色の活動を続けている。2017年からは女子新体操日本代表のメンタルコーチを務め、チームを44年振りの団体総合銀メダルに導いた。自身も鬱になった過去を基に語った、暗闇から光を見出す生き方とは——。

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人の悩みもマジックも原理は同じ

——精神科医とマジシャンを掛け合わせた仕事をされていると伺いましたが、お会いして早々、スマートフォンから名刺が飛び出してきたマジックには驚きました。

言葉で伝えるよりもお見せするほうが早いですから(笑)。外来で治療する時や講演やメンタルトレーニングを行う時も、実際にマジックを披露しています。
精神医学とマジック、なぜこの2つを? と多くの方が疑問を抱くと思いますが、実は人が悩むのもマジックでだまされるのも原理は同じで、どちらも〝思い込み〟によるものなのです。
それを理解していただくためには、やはりマジックをお見せしたほうが早いので、ここでもう1つマジックをします。いま右手にハンカチがありますね。これを左手の握りこぶしの中に押し込んでいきます。ギュギュっと中まで押し込んで、おまじないをかけると、ハンカチが消えるんです。

——?? 本当に消えてしまいました(笑)。

今回は特別にタネ明かしをしましょう。いま必死にハンカチをご覧になっていますが、実は仕掛けはハンカチではなく、手にあります。親指をよく見てください。親指にサックをはめているのに気づきませんか(笑)。先ほどはこのサックの中にハンカチを押し込み、再び親指にはめていたのです。

——こんなあからさまなところにタネがあったのですか。気づかなかった自分にも驚きます。

これがまさに〝思い込み〟です。僕が「ハンカチが消えます」と言ったので、皆さんはハンカチを注目して見ていた。意識はカメラのレンズのようなもので、ピントがあったところは見えますが、そうでないところは意識外に押し出され、視界に入っていたとしても見えなくなってしまう。
これはマジックだけでなく人生についての考え方も同様です。外来にいらっしゃる方の中には、「コロナで行き詰まり、死ぬしかない」「試合のレギュラーになれなかったからもう終わりだ」と思い込みやとらわれによって視野が非常にせばまってしまった方が多くいらっしゃいます。そうした方々に、初めから言葉で〝思い込み〟について説明してもなかなか理解していただけないので、マジックを通じて、自分が見ていると思っていたものがすべてではないとお話ししているのです。

——見えたものがすべてではない。

私たちの脳には1秒間に7ギガバイトもの情報が入ってきているといわれています。視覚、聴覚、触覚、味覚など様々な手段がありますが、それらをすべて意識することができないため、無意識下で取捨選択しています。例えば、いまこの瞬間、まばたきをしていることやお尻が椅子に接している感覚を意識していましたか? 話すという1つのことに意識を向けていると、それ以外の情報はカットされてしまうのです。
ハンカチのマジックも、僕がハンカチではなく「指を見ていてください」と声をかけていれば、絶対に仕掛けに気づいたはずです。と言っても、思い込みは自分では気づきにくいものですので、こうしてマジックのタネ明かしをして、意識のフォーカスを広げてもらっているのです。

精神科医、マジシャン

志村祥瑚

しむら・しょうご

平成3年東京都生まれ。幼少期よりマジックを始め、24年20歳の時にラスベガスジュニアマジック世界大会優勝。「思い込み」の研究のために精神医学を専攻し、精神医学とマジックを融合させたオリジナルのメンタルトレーニングライブを確立。慶應義塾大学医学部卒業後、銀座駅前メンタルクリニック院長として診療。その他、カヌースラロームオリンピック日本代表選手、新体操日本代表「フェアリージャパンPOLA」等、トップアスリート、企業経営者などのメンタルコーチを務める。著書に『人生のタネ明かし 成果を出す人に共通する心の秘密』(講談社)など。公式ホームページ:shogoshimura.com