2022年11月号
特集
運鈍根
インタビュー③
  • 奥会津郷土写真家星 賢孝

ここにしか存在しない
宝物を磨き続ける

郷土復興への道

春夏秋冬、悠々と走る列車と大自然の共演がファンを魅了する福島・奥会津。この地に生まれ年間300日、30年その絶景を撮影し、一町民の立場で地域に貢献してきたのが星 賢孝氏だ。膨らむ赤字、2011年に一帯を襲った豪雨で廃線寸前だったJR只見線がこの10月に全線復旧するが、水面下で民意を復興へ傾けた氏の軌跡には難事を成す要諦が隠れている。

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    年間300日、30年、一つの地域を撮り続ける

    ——奥会津には初めてまいりましたが、道中、列車の窓から見える山や川の美しさに息をみました。こんな絶景が日本にあるのかと。

    夏はもっと朝早くか、夕方に来ると、線路沿いを流れるただ川から川霧が立ち上って幻想的ですよ。この辺はそれで「げんきょう」と呼ばれているんです。冬は深い山に一面雪の華が咲いて、とんでもなく美しい情景が現れます。一番人気があるのは冬ですね。
    日本の観光地はどこも春なら桜、秋は紅葉と見所があるけど、夏と冬は弱い。ところが奥会津には春夏秋冬、いつ来ても魅力的な景色があります。その中を鉄道、只見線が走ることで絶景に人間的な命、魂が吹き込まれる。これが宝ですよ。それを私は年に300日、30年間撮り続けてきたわけです。

    ——300日、30年も。なぜそこまで力を注がれるのですか。

    私は只見線そのものが好きで撮っている「撮り鉄」ではなくて、最初からはっきりした目的があるんです。奥会津の活性化です。だから、の地域や鉄道は撮りに行かず、写真はフェイスブックで毎日のように公開しています。

    ——この絶景をすべて無料で。

    マスコミにも基本的に無償で提供します。そのほうが、地域のためになるからです。写真家として食べていくことが目的だったらできないですよ。
    地元の建設会社に勤めていた40代の頃、朝と夕、時には仕事の合間に撮影に行って、ブログに載せるようになりました。会社ではナンバーツーだったから、ある程度自由が利いたんですね。以来30年、奥会津活性化という目的に突き進んできたのが私の半生です。

    奥会津郷土写真家

    星 賢孝

    ほし・けんこう

    昭和22年福島県生まれ。会津農林高校卒業後、地元の建設会社に入社。常務取締役として長年勤務。平成22年奥会津地域で50年前に失われた「霧幻峡の渡し」を復活させ、観光名所にする。27年退職し、郷土写真家としての活動を本格化。奥会津かねやま福業協同組合事務局長を務めるなど地域振興に尽力。自身の活動を追った映画『霧幻鉄道 只見線を300日撮る男』が各地のイオンシネマにて順次、期間限定で公開。