2022年7月号
特集
これでいいのか
提言
  • 東京大学名誉教授月尾嘉男

データが教える
日本の危機

戦後の高度経済成長時代には、世界から〝ジャパン・アズ・ナンバーワン〟と称された日本。しかしいまやその輝きは見る影もなく、実質はアジアの後進国になりつつある。そう警鐘を鳴らすのは月尾嘉男・東京大学名誉教授である。政治、経済、歴史、文化、最先端技術まで様々な分野に深い知見を持つ月尾氏に、データが浮き彫りにする我が国の危機的現状、そして再び輝く国に復活するための針路を示していただいた。

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昭和の栄光は遥か遠く

日本はこれでいいのか─―このテーマにのっとり、我が国の置かれた危機的現状を見直すことは大変に時宜にかなっていると思います。

高度成長時代を経験した世代の方々の中には、日本はいまだ世界に冠たる先進国、経済大国だと考えている方がおられるかもしれません。確かに、かつてはあらゆる分野で世界をリードしていました。

例えば鉄(粗鋼)の生産では1979年から93年まで、日本は世界1位の生産量を誇っていました。自動車生産台数も80年代はアメリカを抑えて頂点に君臨し、工業製品の生産に必須の工作機械の生産額は85年から約20年もの間、1位を堅持。現在、慢性的に不足している半導体の生産でも80年代後半には世界のシェアの40%を誇っていました。

しかし、こうした「栄光」はこの30年で跡形もなく崩れ去りました。工業に限らず、人口、資源、情報、教育など、いまや我が国は様々な分野で世界におくれを取っているのです。まず国家の根本である人口から見ていきましょう。

いま、日本の人口は危機的状況にあります(図Ⅰ)。明治以来、約140年かけて3.5倍に増え、1億2,700万人に達しましたが、その後は下降しはじめ、予測では2100年に6,000万人まで半減、中には4,500万人にまで落ち込むと見る予測もあります。

図Ⅰ

世界銀行の分析でも、日本の人口はアフリカの国々を下回り、世界で大きく順位を落とすと予想されています。去る5月、テスラ創業者イーロン・マスク氏が自身のツイッターで「日本はいずれ存在しなくなるだろう。これは世界にとって大きな損失になる」と警告を発しましたが、それが現実になりつつあるのです。

歴史をひもとくと、18世紀末、通商を基盤にヨーロッパで最長の歴史を誇ったベネチア共和国が滅びた最大の原因は、人口の減少でした。記録によれば、18世紀の貴族を中心とする男性の未婚率は66%を超えていました。現在の日本では20代後半の男性の未婚率は73%、当時のベネチアを超えています。それほど危うい状況なのです。

次に食料・資源(エネルギー)の自給率です。1965年に75%あった食料自給率はいまやカロリーベースで40%未満に低迷しています。米はほぼ100%を維持しているものの、小麦やトウモロコシといった穀物類は壊滅的で、国内で30%しか生産できていません。また、50年前に1,000万人いた農業就業者は、機械による自動化や後継者不足の影響もあって130万人に減少し、その7割が65歳以上です。ひと握りの高齢者が細々と日本の農業を支えているのが現状です。漁業や林業も同様に深刻な状態にあります。

エネルギー自給率も危機的状況です(図Ⅱ)。私たちの生活や産業に欠かせない石油、石炭、天然ガスといった天然資源の大半が海外からの輸入で、もはや10%強しか自給できていないのです。

図Ⅱ

国産エネルギーと言われる原子力も、燃料のウランはカナダやオーストラリアなどからの輸入です。国内で使用した核燃料は国内で再処理する準備をしていますが、現状ではフランスに依存しています。果たしてこれを国産エネルギーと呼べるかどうか疑問です。原子力を除けば自給率はさらに下がり、一けた台というのが現実でしょう。

現在のように国際情勢が急変して世界の食料やエネルギー供給が不安定になれば、たちまち日本は立ち行かなくなってしまいます。

東京大学名誉教授

月尾嘉男

つきお・よしお

昭和17年愛知県生まれ。40年東京大学工学部卒業。46年東京大学大学院工学系研究科博士課程修了。53年工学博士(東京大学)。都市システム研究所所長、名古屋大学教授、東京大学教授などを経て平成15年東京大学名誉教授。その間、総務省総務審議官を務める。著書に『日本が世界地図から消滅しないための戦略』(致知出版社)など。