2021年11月号
特集
努力にまさる天才なし
インタビュー①
  • 長唄三味線方演奏家杵屋響泉
長唄に生かされ107歳

明日死ぬまでも
長唄の心を伝え続けたい

300年余の伝統を誇る長唄三味線の伝承者・杵屋響泉さんは御年107歳。名人として名を馳せた父の導きにより、4歳でこの道に入って以来、弛まぬ努力、精進によって技と心を磨き続け、いまなお現役奏者として活躍を続けている。まだ見ぬ高みを目指し、自身のすべてを懸けて前進し続ける求道者に、この芸に懸ける思いを伺った。

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長唄が大好きなんです

——今年(2021年)107歳と伺いましたが、いまも長唄ながうた三味線しゃみせんの奏者としてご活躍だそうですね。

長唄が大好きなんです。何をしていても、常に長唄のことが頭のどこかにあります。
長唄というと唄の名称と思われる方がおられますが、長唄は三味線音楽の一つで、唄物うたものといわれる分野の中でも非常に叙情的で、その時代の流行を取り入れて、歌舞伎と共に発展してまいりました。
いまの方には馴染なじみが薄いかもしれませんけど、長唄っていいものですよ。お稽古けいこに見える方にも私が始終そう言うものですから、はじめは「難しいですね」って言ってらしても、「お師匠さんのおっしゃるように、やっぱり長唄はいいですね。大事にしなくちゃいけませんね」って理解してくださるようになるんです(笑)。
何がいいって、唄に出てくる人物と一緒になって涙を流したり、怒ったりできるし、唄ってるうちに心がさわやかになってくるんです。
例えば、父の五世杵屋勘五郎きねやかんごろうが大好きな『楠公なんこう』という曲がございます。

そもこの度の合戦は
 天下分目の曠軍はれいくさ
 父は兵庫に討死うちじに
 心を決して候うぞ
 なんじこれより故郷ふるさと
 とくとく帰れと促せば……

これは、楠木正成くすのきまさしげが死をして最後の戦いに臨む際の、息子・正行まさつらとの今生の別れを唄ったものですが、「あぁ、正成は共に戦おうとする息子を、こんな思いで国へ返したんだな」と、正成の思いがしみじみと心に響いてきます。
私はね、つらい時や悲しい時、一人で三味線を弾きながら長唄を唄います。そうすると、嫌な気分から逃れることができるんです。長唄のおかげで随分元気をもらっています。

——2年前の105歳の時には、『一〇五 娘がつなぐ五世勘五郎の長唄世界』を発表され、CDデビューを果たされましたね。

聴いてくださったのですか。ありがとうございます。
初めての体験でしたけど、録音する時はお部屋にどなたもいらっしゃらないので、気持ちを持っていくのが大変でございました。聴いてくださる方がいらっしゃると、調子が乗ってくるんですが(笑)。
このCDには、父のつくった曲を収録したのですが、私が子供の頃に教わったノリ(運び)や曲想を残しておきたい、父の心をお伝えしたいという願いがございました。長唄を少しでもいまの人にお伝えすることができたなら、本当に嬉しく思います。

——それにしても、実にお元気そうですね。

食事は何でも残さずいただきますし、朝食の後は新聞をすみから隅まで読むんです。こうしていまも元気でいられるのは、やはり長唄をやっているからです。長唄ができるからこそ、ここまで長生きできたんですね。

長唄三味線方演奏家

杵屋響泉

きねや・きょうせん

大正3年東京府生まれ。『島の千歳』『新曲浦島』等の作曲で知られる五世杵屋勘五郎の一人娘として、4歳で長唄の手ほどきを受け、10代から後進の育成に尽力。昭和38年より「杵屋響泉」を名乗る。平成17年長唄協会より永年功労者として表彰。29年文部科学省より伝統長唄保存会、重要無形文化財長唄保持者に認定。31年文化庁長官表彰。105歳で『一〇五 娘がつなぐ五世勘五郎の長唄世界』でCDデビューを果たす。